>中共の恫喝外交
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2004/12/04 19:18 投稿番号: [6425 / 16409]
それなら私も話してみましょう・・参考になるかどうか?
十月の下旬、アメリカ(フロリダ)に行って、お友達に会い、中国の事情をいろいろ教えてもらいました。以下、台湾に関わるお話・・
中国政府の首脳部は李登輝のことを心の底から憎み、嫌悪しているのだそうです。・・と、聞けば、常識的には、彼が台独だから、或いは彼が日本精神だから・・と考えるでしょうが、実のところ、そんなのは全く関係ない。中国の指導者も、自分が台湾の総統だったら台独を堅持するだろうと考えているから、そんなことは全然悪く思わない。それに、昔の台湾人は、みんな日本精神だから、それは仕方が無い。
では、何故に? 李登輝が中華民国総統に就任する、ちょうどその頃、1987年11月、台湾では大陸出身者の「里帰り・親族訪問・・探親」が解禁になり、多くの中国人がお金とお土産をいっぱい抱えて大陸の故郷に里帰りしました。
この時、台湾の人にも李登輝にもはっきりわかりました。経済的には台湾が圧倒的に優位であること。中国大陸が如何に貧しいか、ということ。そして、中国が台湾に対して、どれぐらい期待し、熱い眼差(まなざ)しを送っているか、と云うこと。
中国にしてみれば、改革開放が始まって間もなくの時期、のどから手が出るぐらい、お金が欲しい、支援してもらいたい時期でした。台湾の企業にも大挙して乗り込んできて欲しかった。苦しい時代で、必死の時期でした。
李登輝は大陸の姿を眺めて、これをみくびり、馬鹿にしてしまいました。「こんなところに金を出したら、それこそ永久に戻ってこない」と考えたでしょうか、中国の、すがる様な誘いを、にべもなくはね付け、中国を振り返ることもなく、目の前で経済交流の扉(とびら)をピシャッと閉めて見せたのです。
その時の中国首脳部の屈辱、失望、怒り、それが、どれ程のものであったか、想像してご覧なさい。中国政府の首脳部の心の中には大きな氷の塊が詰め込まれたようなもので、この冷たい氷は今後数十年、融(と)けることはないだろうと言われている。結果的に言えば、李登輝外交の大失敗に数えられる。
中国首脳部に言わせれば、李登輝とその一派は赦さない。「李登輝に追随して足踏みしていたような企業は、いずれの時か、追っ払ってやるとやる」と思っているのだから、それを聞き知る台湾の企業は存亡を賭けて必死です。
さて、台湾が中国を見くびった、その同じ時期、台湾と正反対だったのが・・他でもない「NIPPON」でした。
日本は当初から惜しみなく金をつぎ込み、企業は技術指導に力を注ぎ、中国の経済発展に貢献した。ODAなんか、今さら言うまでもない。
日本の貢献について、中国首脳部は心から、心から感謝しており、日本や日本企業に対する彼らの信頼は揺るぎないものになっているのだそうです。
さりとて、中国人は、心の中でどんなに感謝していても、軽々しく言葉に発して「ありがと」などとは言わないのです。これを中国では「大恩不謝(da en bu xie)」と言うのです。辞書には「特に大きい恩には普通のようなお礼は述べないもの」と書いてありますから、後で調べてください。
中国人は、そのような恩義(借り)を思わぬところで返してきます。双方、戦争の最中に・・とか、孫の時代になって・・とか。具体的にはどうか知らないけれど、それは中国人の一種の行動美学ですから、そこのところ理解してないと話しになりません。
中国の一般人民にODAのことを知らせるなんて、それは愚かなこと。面子がありますから、中国政府が困るだけ。知らせれば、あちらの人民は大いに感謝してくれて大人しくなってくれるはず・・などと発想するのは愚か者。
中国の反日感情なんか、そんなのは昔からそうなのだから何の不思議もない。そんな表層の動きを見て一喜一憂するのではなく、見るべきは中国首脳部、或いは、関係筋の要路の人物の胸の奥底。その胸の奥がどうなっているか? 何を考えているのか、探るのは容易ではないけれど、解かる人にはわかる・・とのこと。
結論として、李登輝の失敗が災いして中台関係の前途は暗い。日中は今後数十年、問題なし。
小泉がアホでも、中国が本気で怒っておらず、経済が順調なのは過去二十年ばかり、せっせと金をつぎ込んだ、その余徳のお陰だと考えるべきでしょう。
景色がガラッと違って見えませんか?
十月の下旬、アメリカ(フロリダ)に行って、お友達に会い、中国の事情をいろいろ教えてもらいました。以下、台湾に関わるお話・・
中国政府の首脳部は李登輝のことを心の底から憎み、嫌悪しているのだそうです。・・と、聞けば、常識的には、彼が台独だから、或いは彼が日本精神だから・・と考えるでしょうが、実のところ、そんなのは全く関係ない。中国の指導者も、自分が台湾の総統だったら台独を堅持するだろうと考えているから、そんなことは全然悪く思わない。それに、昔の台湾人は、みんな日本精神だから、それは仕方が無い。
では、何故に? 李登輝が中華民国総統に就任する、ちょうどその頃、1987年11月、台湾では大陸出身者の「里帰り・親族訪問・・探親」が解禁になり、多くの中国人がお金とお土産をいっぱい抱えて大陸の故郷に里帰りしました。
この時、台湾の人にも李登輝にもはっきりわかりました。経済的には台湾が圧倒的に優位であること。中国大陸が如何に貧しいか、ということ。そして、中国が台湾に対して、どれぐらい期待し、熱い眼差(まなざ)しを送っているか、と云うこと。
中国にしてみれば、改革開放が始まって間もなくの時期、のどから手が出るぐらい、お金が欲しい、支援してもらいたい時期でした。台湾の企業にも大挙して乗り込んできて欲しかった。苦しい時代で、必死の時期でした。
李登輝は大陸の姿を眺めて、これをみくびり、馬鹿にしてしまいました。「こんなところに金を出したら、それこそ永久に戻ってこない」と考えたでしょうか、中国の、すがる様な誘いを、にべもなくはね付け、中国を振り返ることもなく、目の前で経済交流の扉(とびら)をピシャッと閉めて見せたのです。
その時の中国首脳部の屈辱、失望、怒り、それが、どれ程のものであったか、想像してご覧なさい。中国政府の首脳部の心の中には大きな氷の塊が詰め込まれたようなもので、この冷たい氷は今後数十年、融(と)けることはないだろうと言われている。結果的に言えば、李登輝外交の大失敗に数えられる。
中国首脳部に言わせれば、李登輝とその一派は赦さない。「李登輝に追随して足踏みしていたような企業は、いずれの時か、追っ払ってやるとやる」と思っているのだから、それを聞き知る台湾の企業は存亡を賭けて必死です。
さて、台湾が中国を見くびった、その同じ時期、台湾と正反対だったのが・・他でもない「NIPPON」でした。
日本は当初から惜しみなく金をつぎ込み、企業は技術指導に力を注ぎ、中国の経済発展に貢献した。ODAなんか、今さら言うまでもない。
日本の貢献について、中国首脳部は心から、心から感謝しており、日本や日本企業に対する彼らの信頼は揺るぎないものになっているのだそうです。
さりとて、中国人は、心の中でどんなに感謝していても、軽々しく言葉に発して「ありがと」などとは言わないのです。これを中国では「大恩不謝(da en bu xie)」と言うのです。辞書には「特に大きい恩には普通のようなお礼は述べないもの」と書いてありますから、後で調べてください。
中国人は、そのような恩義(借り)を思わぬところで返してきます。双方、戦争の最中に・・とか、孫の時代になって・・とか。具体的にはどうか知らないけれど、それは中国人の一種の行動美学ですから、そこのところ理解してないと話しになりません。
中国の一般人民にODAのことを知らせるなんて、それは愚かなこと。面子がありますから、中国政府が困るだけ。知らせれば、あちらの人民は大いに感謝してくれて大人しくなってくれるはず・・などと発想するのは愚か者。
中国の反日感情なんか、そんなのは昔からそうなのだから何の不思議もない。そんな表層の動きを見て一喜一憂するのではなく、見るべきは中国首脳部、或いは、関係筋の要路の人物の胸の奥底。その胸の奥がどうなっているか? 何を考えているのか、探るのは容易ではないけれど、解かる人にはわかる・・とのこと。
結論として、李登輝の失敗が災いして中台関係の前途は暗い。日中は今後数十年、問題なし。
小泉がアホでも、中国が本気で怒っておらず、経済が順調なのは過去二十年ばかり、せっせと金をつぎ込んだ、その余徳のお陰だと考えるべきでしょう。
景色がガラッと違って見えませんか?
これは メッセージ 6419 (aki_fumika さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/bfoq_1/6425.html