>蔡徳本・・・
投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/11/27 15:55 投稿番号: [6242 / 16409]
蔡さんとは直接の面識はないのですが、「今だから話そう・・・打ち明け話」です。
1.蔡徳本『台湾のいもっ子』集英社、1994年、の最終校正段階で手を入れたのは実は私です。
2.集英社の編集者H氏から突然電話あり(某氏の紹介)、「台湾の戦後初期の写真を所蔵していないか」と言う問い合わせ。
「戦後の写真は殆ど持っていない」と言うと、「とにかく原稿を見て下さい」とゲラ刷りが送られて来ました。
3.中身を見ると日本語の誤記などがあり(蔡さんの場合、戦後の日本語には殆ど触れていないので当然)、大至急チェックしました。
例:「(赤狩り)マッカーシー旋風」が「マッカーサー旋風」、「ハトロン紙」が「ブラウンペーパー」になっていたりしていました。その他、一般の日本人が読んでもわからない「台湾日本語」や「夭壽亡(イァウシウボン)」などの台湾語の日本語表記など。
4.それから、H氏を自宅に呼んで、色々と説明、時間不足で不十分ではありましたが、大きなところは概ね手を入れることが出来ました。
5.ついでに「おまけ」がありました。
私は自分の「訛り(広島弁)」を隠さないで話します。
H氏が出身地を聞きましたので、広島と答えました。H氏も同郷。
その後の会話で更に驚いたのは、H氏の御母堂は著名な教育者。私の母の高等女学校の大先輩、戦時中に亡くなった母の妹の高等女学校の先生、まさに奇遇でした。
これは メッセージ 6240 (yabe571 さん)への返信です.
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