当時の国内事情の影響と思います
投稿者: utukesai03 投稿日時: 2004/10/23 09:26 投稿番号: [5350 / 16409]
ご無沙汰です。
さて、お尋ねの件ですけど・・
>コミュニケとステートメント、むつかしいですよ。。。内容よりも、「宣言」という言葉だけが一人歩きしてしまった格好の例みたいで。。。もしこれの訳文が「カイロ会談で出された声明」だったら、後の「カイロ宣言」に付加された重みなんかは今ほど大きくなかったのでは?とずーっと疑問に思っていたのですがいかが???
例えば、「三者による○○会談の結果として出された○○声明」というような訳文だったとしたら、国民党や中共のような間違った歴史観は生まれなかったかもしれない。。。
どーなんでしょ? >
当時の国内事情による選択で、恣意的翻訳だと思います。
声明と宣言、明確に違うのですが、当時国内の状況で、和平派も継戦派も色んな駆け引きをしてる訳ですが、
両派共に宣言として訳した方が都合が良かったのではないか?と考えます。
和平派には、もう此処で止めなければならないという、主張と一つの理由として。
継戦派は、こんな条件をのむなどとんでも無い、と言う主張を補強する為。
其れが一人歩きしているのでは?と思っています。
序でに、アホ共には、都合の良い方を取りたいという事でしょうね。
これは メッセージ 5345 (aki_fumika さん)への返信です.
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