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昔ばなし

投稿者: yabe571 投稿日時: 2004/07/19 17:43 投稿番号: [3428 / 16409]
20数年前、『月夜愁』の作詞者こと周添旺先生が、『人道』の作家、丘再福先生(丘の右にこざとがある)に逢いたいが
「とにかく見つからない・・・」
「よーし、それなら連れて行ってあげます」
と、周添旺先生とその太太「愛愛さん」を、当時台北市の東門にある丘再福先生の住宅へ連れて行った。
玄関を通され、応接間で待つ・・・70幾つのハイカラなおじさんが出てくる・・・
「おじさん、周添旺先生と愛愛さんを連れてきましたよ・・・」
「?・・・」 首を傾げる。
「私、愛愛だよ、コロンビアであなたが作られた『人道』を歌った愛愛だよ・・・」
また首を傾げる。ようやっと口を開いた
「えぇ・・・私、歌を作ったかな・・・あったみたいね・・・」
「・・・」
とにかく、半時間くらい、ずっとこんな調子の繰り返し・・・
女中さんが、やっとのことで
「丘さんね、記憶喪失症で・・・」
早く言えばよかったのに、とうとうご一同様、泣いて帰りました。
ーーーーーーーーーーーー
と、ある日、丘再福先生のムスコさんにあいました。
「いや、おやじ言っていたよ、周添旺先生連れて来たこと・・・けど、今の社会、出た釘は打たれるで、引っ張り出されるのが恐くて、記憶喪失を演じて応じただけ・・・」
「へへぇーーー」
ーーーーーーーーーーーー
1995年の春、作曲家林二さん、丘再福先生にとても逢いたいが、
「どうしても見つからない」
「なんだぁ、教えてあげるよ・・・」
と、先生のムスコさんの電話をあげた。

数日後、
「どうだった、先生」
「烏来前の屈尺に住んでおられまして、私の訪問を大歓迎、山の下のコーヒーショップに行って、おごってくれました」

時代が少しは変わった様子。。。
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