↓付け足し
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2005/11/21 15:50 投稿番号: [11240 / 16409]
民主主義国家が、自らの進歩・改革をないがしろにし、ただ、自らの国家・社会体制の維持のためだけに、テロルや内乱を否定することには疑問があります。
テロルや内乱によらずに、よりよい国家・社会の実現の途を、民主主義国家が持つことが大事なのであって、ただ徒に、テロル否定というのはおかしい、と思っております。
これは、エジプト、パレスチナ、イスラエルなどの戦前・戦中・戦後・現代の歴史を見れば、なんとなく分かっていただけるのではないか?と。。。
どちらが「テロ」であったかは、その時代で違うのですから。。。
(過去ログにあり)
台湾に限り言えば、もし台湾がテロルや内乱を禁止・否定するならば、なぜ320以降の外省人政治屋、国・親・新党などの暴力・破壊・違法行為が容認され、議員や政治屋の違法行為が司法により容認されるのか?
言葉を弄ぶだけの議員や政治屋の詭弁が、裁判でも通ってしまう。。。
国家という概念を理解できない、利権に寄生するこうした連中を以下に排除、駆除するか、それこそ、司法・警察などの健全化が最優先ではないか?
ところが、裁判官、検察官は、ディープブルー(深藍)かディープグリーン(深緑)で、政治ごっこを職場にまで持ち込む体たらく。。。
孫文の内乱、テロルが、革命となったのは、民国が出来たから。
清朝にしてみれば、内乱であり、テロルであったワケ。
あるシステム上の一行為がそこではテロルであるが、別のシステムでは革命と定義される。。。
古いシステムから新しいシステムへの移行については、よくよくその定義から、哲学的・社会的考察が必要で、今の李登輝前総統のグループのものではまだまだ不足。。。全然足りない、というのが現実。
勿論、陳水扁は問題外。
(過去ログに詳細あり)
アンディ・チャンのグループには、国家・国体、など、より深い考察を期待します。
今が果たして行動の時期か?ということも併せて。。。
これは メッセージ 11239 (aki_fumika さん)への返信です.
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