補:少し勉強P.9(ビスマルク外交等)
投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/05 23:56 投稿番号: [13722 / 21882]
プロイセンにはビスマルクがいました。
役者が違います。
普仏戦争(1870年〜1871年)でナポレオン三世自身が捕虜に
なってしまいました。
こうしてドイツ帝国が成立したのです。
(明治維新より後ですね。)
ドイツ帝国成立後のビスマルクは一転して平和主義者になります。
統一したばかりのドイツにとって、何より怖いのはヨーロッパで
戦乱がおきることです。
その危険があるのはどこの国か?
わかりますね。
フランスです。
フランスは50億フランの賠償金とアルザス・ロレーヌを奪われ、
フランス人のプライドはズタズタでした。
敗北をユダヤ人のせいにしようしたりしていました。
ですから、対ドイツ復讐に燃えるフランスを押さえ込まなければ
いけません。
フランス一国だけなら怖くはないのです。
怖いのはフランスとヨーロッパの大国が同盟を結んだ時です。
イギリスは世界各地でフランスと対立していますし、
「光栄ある孤立」政策を採っていますからまず安心です。
オーストリアは同じドイツ人の国ですし、普墺戦争はあっけなく
終り、しかも寛大に扱いましたから心配ありません。
イタリアは北アフリカをめぐってフランスと対立していました。
怖いのはロシアです。
ロシアがフランスと同盟すると挟み撃ちになってしまいます。
七年戦争の二の舞です。
ですから、絶対にロシアをドイツに結び付けなくてはなりません。
要するにフランスの孤立化。
ビスマルクはこれに成功したのです。
偉大です。
日本の首相も爪切りを持ってドイツに行くべきかもしれません。
しかし、第二代の皇帝ヴィルヘルム二世の時代になるとドイツの
産業革命はさらに進み、イギリスを凌駕するようになってきます。
ドイツの産業界は海外市場を必要とし、ビスマルクの政策は
時代遅れになってきたように思えました。
ヴィルヘルム二世はビスマルクを引退させ、「ドイツの将来は
海上にあり」と新航路政策をとるようになります。
その結果ドイツは各地で摩擦を抱えることになるのです。
さらに、オーストリアと対立するロシアとの同盟を破棄してしまい
あっと言う間にロシアとフランスは接近し、イタリアとフランスは
秘密条約を結び、イギリスとフランスも利害調整をはかり…。
お友達はオーストリアだけになってしまいました。
あ〜ん
ロシアとフランスに挟み撃ちにされるの怖ーい!
こうなったら、ロシアの関心をヨーロッパから遠ざけなくちゃ。
ロシアくん
東洋は良いよお
東洋に進出したらあ
中国とか朝鮮とか美味しそうなところがいーぱいあるよお。
そういうことです。
ついでにイギリスはもはや自分ひとりに力だけでは世界中に広がった
自国の権益を守れない時代になってしまったことを悟り
同盟国を探していました。
同盟するにあたって自らの利益を譲らずにすむ国は…。
これは メッセージ 13721 (koukiyumeno さん)への返信です.
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