Re:歴史教育
投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/04 18:19 投稿番号: [13687 / 21882]
marumaruahooooo様
返信、恐れ入ります。
>左も嫌いですけど右も嫌いですから愛国教育・・・・国を愛すると言うのは自然に出てくるもので教育するものではないと思うのですが。
愛国教育とは、国に対して国民が自然にしていては愛する、誇りを持てないために国が強制的に行うものではないでしょうか?
<
そうですね。
黒を白と言いくるめるような愛国教育は嫌ですね。
自分の国が間違っていたのなら、間違っていたと教えるべきです。
ただ…
自分の国を大切に思い、誇らしく感じる。
右翼さんにも色々あると思いますが、
このことが右翼とすぐに結びついてしまうことこそが問題なのでは
ないでしょうか?
>歴史は歴史
過去のある事実が全て歴史となるわけではありません。
その時代から現代に至るまでの価値観の洗礼を受て
初めて歴史的事実となります。
例えば過去に、ある書物が書かれたとします。
書かれたその時代にその書物は評価され、その後も現代に至るまで
評価され続け歴史的に価値のあるものとされます。
ある事象が歴史となるかならないかはそれを評価する
人間の価値によるのです。
私たちは戦前に非常に価値があるとされていた過去の事象(=歴史が)、
戦後忘れ去られてしまったことを経験しています。
過去が変わったわけではありません。
その評価が変わったのです。
歴史とは、現代と過去の対話なのです。
人間は自分の生活空間しか経験することができません。
また、自分の時代を離れて生きることはできません。
より広い時空の中に自分を認識した時に初めて自分が
何であるかを学ぶことができるのではないでしょうか。
私たちは生物学的には人間です。
日本人も中国人もアメリカ人も違いはありません。
しかし、精神的にはどうでしょうか?
日本語で思索し、日本語で感情を表します。
日本の歴史を糧として、日本の文化と伝統に育まれて
人間になります。
つまり、精神的には抽象化された人間一般は、実は成り立たない
のではないでしょうか?
ですから、自分の国を愛し誇りを持つことは自分のアイデンティティ
に直結した問題なのだと思います。
自分の国にどれだけ豊穣な文化と歴史が存在し、その豊かさが
あなたの中にも受け継がれているのだと子供達に教えることは
当然のことだと私には思えるのです。
私は右翼でも左翼でもありません。
あえて言えば自由主義者と位置づけています。
私のようなごく平凡な人間が日本という国に愛情と誇りを持ち、
国旗・国歌を普通のことと感じられるようになる日は
いつになったら来るのでしょうか。
これは メッセージ 13685 (marumaruahooooo さん)への返信です.
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