>亜細亜解放というデタラメ①
投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/09/03 01:03 投稿番号: [12424 / 21882]
>あなたの意見と私の意見の視点の違いは、戦争によって自分を守ろうと考えるか、
>戦争によって自分が犠牲になることを想像するかの違いです。
>前者は自分が戦場に赴くことをあまり考えない、
>後者は自分や近しい人達が犠牲になる想像力を持つ。
>あるいは、こうも言えます。
前者は、戦争で犠牲となる人への痛みを自分のものとせず、
>後者は犠牲となる人への痛みを自分の痛みとして受けとめる。
これは印象操作ですね。
私は書きました。自分の命も家族の命も大事だと。
でもそれが「全て」ではないとも。
貴方は平和を提唱する行為のみが、崇高な理念だと考えてるようですけど、
「平和」と言うのは何かの「犠牲」の上に成り立ってる事を認識しなければならないのではないでしょうか。
例えば日本の戦後だと、自衛隊・警察・海上保安庁・etc
貴方の言う「想像力」を働かせれば、容易に推測できることではないのですか?
>戦争をする以上、国際法を守れなどというのは、ほとんど意味がない。
たまたまそのような人に殺された犠牲者は、どうするのですか? と。
>あなたは「程度問題」だと応じた。
>しかし人の命は、程度問題で済むのですか。
>あなたの最愛の人が死ぬことは、程度問題の範囲なら仕方がないのですか。
これは誤解ですね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2004/ 9/ 2 19:24
メッセージ: 12387 / 12418
国際法と言うのは道徳的な規範です。
何処の国でも、完全に国際法を遵守した国などありません。
が、物事には程度があるのです。
しかもそれでも遵守するように、最大限の努力を払うべきものなのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「程度」とは国際法について言及したものです。
「国際ルールは守るべきだ」と言いたかっただけです。
上でも述べましたけど、自分の命も家族の命も大事ですよ。
しかし、「滅私奉公」的にそれ以外の為に死ぬ行為は悪いことかと言いたいのです。
戦争に限らず、自分を捨てて誰かを守る行為は崇高だと私は思っているのです。
それが戦争になった瞬間に「悪」になるとは、私は思えません。
>噛んでふくめるようにお伝えしなければ、どうにも理解できないようなので、
このようにわかりやすく説明しましょう。
>戦争は、何かを守るために国家的規模で殺人を命令する行為です。
「いいえ、違います」
>目的がいいからといって、手段はけっして合法化されない、
>これが私の立場であり、戦争は悪であるという結論です。
>目的と手段の問題は、法理論の常識でしょう?
何度も書きますが、「平和」というのは何かに犠牲を強いてる状態なんです。
この論点での一番の認識の違いは、
貴方は「武力を持たず平和を」で
私は「武力を持って平和を」だと思ってます。
で、貴方は「平和外交」の大事さを延々と述べてる訳ですが、それに対しては異存はないのです。
ですが、歴史や今の世界が
「平和外交」だけで「平和」を維持するのは無理だと証明してるのです。
>糾弾しないなんて誰が書いたのですか?
>責めたとしても自国の政府でなければ政策を変える事は相当に困難だということです。
>浅薄な読み違えで、「論理矛盾では?」などと大層な表現で言い立てないでください。
上記は私の曲解でしたか。
「浅薄な読み違いで申し訳ありません」
>ではお尋ねします。それら共産主義によって何人の人が死んだのですか?
run_run72氏が詳しく述べてくれてますが、具体的な数値を羅列すればよろしいですか?
共産主義政権下での粛清や虐殺は、世界的な認識だと思っていたのですが間違いですか?
続く
>戦争によって自分が犠牲になることを想像するかの違いです。
>前者は自分が戦場に赴くことをあまり考えない、
>後者は自分や近しい人達が犠牲になる想像力を持つ。
>あるいは、こうも言えます。
前者は、戦争で犠牲となる人への痛みを自分のものとせず、
>後者は犠牲となる人への痛みを自分の痛みとして受けとめる。
これは印象操作ですね。
私は書きました。自分の命も家族の命も大事だと。
でもそれが「全て」ではないとも。
貴方は平和を提唱する行為のみが、崇高な理念だと考えてるようですけど、
「平和」と言うのは何かの「犠牲」の上に成り立ってる事を認識しなければならないのではないでしょうか。
例えば日本の戦後だと、自衛隊・警察・海上保安庁・etc
貴方の言う「想像力」を働かせれば、容易に推測できることではないのですか?
>戦争をする以上、国際法を守れなどというのは、ほとんど意味がない。
たまたまそのような人に殺された犠牲者は、どうするのですか? と。
>あなたは「程度問題」だと応じた。
>しかし人の命は、程度問題で済むのですか。
>あなたの最愛の人が死ぬことは、程度問題の範囲なら仕方がないのですか。
これは誤解ですね。
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2004/ 9/ 2 19:24
メッセージ: 12387 / 12418
国際法と言うのは道徳的な規範です。
何処の国でも、完全に国際法を遵守した国などありません。
が、物事には程度があるのです。
しかもそれでも遵守するように、最大限の努力を払うべきものなのです。
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「程度」とは国際法について言及したものです。
「国際ルールは守るべきだ」と言いたかっただけです。
上でも述べましたけど、自分の命も家族の命も大事ですよ。
しかし、「滅私奉公」的にそれ以外の為に死ぬ行為は悪いことかと言いたいのです。
戦争に限らず、自分を捨てて誰かを守る行為は崇高だと私は思っているのです。
それが戦争になった瞬間に「悪」になるとは、私は思えません。
>噛んでふくめるようにお伝えしなければ、どうにも理解できないようなので、
このようにわかりやすく説明しましょう。
>戦争は、何かを守るために国家的規模で殺人を命令する行為です。
「いいえ、違います」
>目的がいいからといって、手段はけっして合法化されない、
>これが私の立場であり、戦争は悪であるという結論です。
>目的と手段の問題は、法理論の常識でしょう?
何度も書きますが、「平和」というのは何かに犠牲を強いてる状態なんです。
この論点での一番の認識の違いは、
貴方は「武力を持たず平和を」で
私は「武力を持って平和を」だと思ってます。
で、貴方は「平和外交」の大事さを延々と述べてる訳ですが、それに対しては異存はないのです。
ですが、歴史や今の世界が
「平和外交」だけで「平和」を維持するのは無理だと証明してるのです。
>糾弾しないなんて誰が書いたのですか?
>責めたとしても自国の政府でなければ政策を変える事は相当に困難だということです。
>浅薄な読み違えで、「論理矛盾では?」などと大層な表現で言い立てないでください。
上記は私の曲解でしたか。
「浅薄な読み違いで申し訳ありません」
>ではお尋ねします。それら共産主義によって何人の人が死んだのですか?
run_run72氏が詳しく述べてくれてますが、具体的な数値を羅列すればよろしいですか?
共産主義政権下での粛清や虐殺は、世界的な認識だと思っていたのですが間違いですか?
続く
これは メッセージ 12396 (yayagoodjp さん)への返信です.