Re:日米同盟はベストな選択である(中)
投稿者: supernobio 投稿日時: 2006/08/17 12:33 投稿番号: [1414 / 4232]
◆情緒的対応ではなく体制転換での対応を検討すべき
日本はたしかに先制的な直接攻撃を行うことはできないが、そうした作戦行動を指揮する権限は日本側にある。問題は、その権限を日本が有効に行使できるための条件が揃っていないということだ。現行の憲法および国内法が足かせとなっていて、本来は安保体制化で日本側にあるはずの権限に対して制約が課せられているからだ。
したがって日本の課題は、「米国の若者が日本を守るため命をかけること」に対してキッシンジャーの言う「信頼関係の構築」を是とするのであれば、この信頼関係の構築に情緒的に対応するのではなく、これを担保するための体制を作り上げることになる。これを盟約に対するコミットメントという。つまり、“米国の若者の気持ちに応える”だの“米国世論に配慮して納得してもらうため”ではなく、同盟という契約を守るコミットメント(履行義務)として、そのための条件を揃えることに全力を注ぐということだ。むろん、このためには自衛隊側および隊員個人に覚悟が必要だ。これまでだったら在日米軍側が成り代わっていた役目を、自らが負うことになるわけだからな。そういう意味での決死の覚悟というものは、日本側には必要になるだろう。
◆安保という契約を守ることが第一義
だが日米同盟=安保条約を固持することを是とするのであれば、まずは条約というcontract(契約)を守ることに第一義を置き、情緒的対応や姿勢づくりは二の次。まずは契約を守る精神を発揮し実際に履行してからという考え方が必要なのではないか。キッシンジャーのいう「連帯感」を発揮するために必要なものは何かといえば“信頼”だ。そしてその信頼を構築するためには“覚悟”が必要となる。その覚悟ある精神を反映するのは何かといえば、“体制”だ。体制があって初めて覚悟も決まる。体制ができていなければ、覚悟などほんの情緒的な表明に過ぎない。その覚悟に対する担保がないからだ。それではいくら「いざとなったらやる覚悟がある」と全自衛隊隊員が覚悟を持ってもしょうがない。覚悟は発揮できてこそ価値があるし、国際関係において行動可能な環境なき覚悟などまったくの無意味なのである。
これは メッセージ 1413 (supernobio さん)への返信です.
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