Re:Re:日米同盟はベストな選択である(下)
投稿者: supernobio 投稿日時: 2006/08/17 15:01 投稿番号: [1415 / 4232]
◆「体制転換」とは何を意味するのか
安保の精神を履行するための具体的な行動となる体制変換とはすなわち、憲法改正をはじめとする戦後国防体制の転換を意味する。これは一両日中に為るものではないが、いまの時勢なら実践にさほどの時間はかからないだろう。まずは足場から固めればよい。この転換の先陣を切るのが、現在与党自民が推進している憲法改正の動きだ。次の臨時国会でそのための国民投票法も検討される。外堀さえ埋まれば、憲法改正は十分可能なほど気運が高まっている。ここ数年の世論調査を追ってきたが、新聞各社が発表する調査結果が軒並み改正賛成に傾斜している。テレビメディアもそうだ。
自民の最終改正案では、問題の9条の第2項が削除され、新たに塗り替えられ、1項が掲げる「戦争放棄」を謳う平和主義の理念だけが残されている。仮に、次の臨時国会では実現しなくとも、次期政権下の通常国会(来年)、国民投票法案が通って憲法改正の実施段階に入ったら、国民は嫌が応でも選択を突きつけられる。自衛隊を放棄し、通常の軍なら当然持つはずである先制的自衛力(敵地攻撃能力)を備えた自衛軍の設置を認めるかどうか、選択しなければならないのだ。これはもはや遠い未来の話ではない。目前に、この選択のときが迫りつつあるのだ。
国民はこうしていずれ、具体的な転換に対して、腹をくくって具体的な答えを明らかにしなければいけなくなる。要は、情緒的な“覚悟”が“体制”として明文化されるということだ。この明文化された覚悟に国民の過半数が「YES」と答えてはじめて、“体制”に順応した国民の“覚悟”という担保がつくことになる。これこそが貴殿が同調する安倍の考え方を具体化する方法なのではないか。
これまでの俺の考えの流れ方、クライアントや株主、自社従業員への説明責任(アカウンタビリティー)というものを持つ経営者である貴殿なら理解できると思う。
◆責任あるリーダーに求められる説明責任
強力なリーダーシップのもと体制を変換しようとしているのならば、民主的な手続きをとらなければならない。その方法が国民投票であり、国民投票では有権者一人一人が逃れようの無い回答責任を負う。その“覚悟”を持たせるためには、説得力のある青写真が必要だ。しかしそれは、情緒に訴える表現に依拠したものであってははならない。合理的にその必要性を説き、国民に了解を求めるものでなければならない。それを具体的に、わかりやすく説明する責任(アカウンタビリティー)がリーダーには求められる。
情緒に依拠して支持者の共感を得ることは難しいことではない。安部のような国民的カリスマを持つ人間が一般的な倫理観に訴えかけるのだから、国民にとってはとにかく“わかりやすく”“受け容れやすい”ものである。しかしそれでは“説明責任”を果たしたことにはなならい。情緒のみに依拠しない、論理的な説明が為されなければならないのだ。
よって、「日米同盟はベストな選択である」という安倍の論は最もであるが、貴殿が引用した内容では、俺は安倍の安易に情緒的説明に頼る傾向には同調しかねる。結果的に、安倍が日米同盟固持の先に置く体制への転換は、国家の行く末や国民のあり方まで、広範囲に変貌させる可能性がある。その大きな変化について、情緒的な責任論だけでは説明は不十分なのである。日本が、日本人が責任ある同盟国の一員として何を為さねばならないか、安倍はこれを具体的に説く必要がある。日米同盟を真に固持するのであれば、為されなければならないことは精神の育成の他にもまだ沢山あるはずだ。
貴殿が引用した安倍の説明では「日米同盟はベストな選択である」ことを示す論拠として不十分であると言わざるを得ない。
①についての俺の回答は以上だ。
安保の精神を履行するための具体的な行動となる体制変換とはすなわち、憲法改正をはじめとする戦後国防体制の転換を意味する。これは一両日中に為るものではないが、いまの時勢なら実践にさほどの時間はかからないだろう。まずは足場から固めればよい。この転換の先陣を切るのが、現在与党自民が推進している憲法改正の動きだ。次の臨時国会でそのための国民投票法も検討される。外堀さえ埋まれば、憲法改正は十分可能なほど気運が高まっている。ここ数年の世論調査を追ってきたが、新聞各社が発表する調査結果が軒並み改正賛成に傾斜している。テレビメディアもそうだ。
自民の最終改正案では、問題の9条の第2項が削除され、新たに塗り替えられ、1項が掲げる「戦争放棄」を謳う平和主義の理念だけが残されている。仮に、次の臨時国会では実現しなくとも、次期政権下の通常国会(来年)、国民投票法案が通って憲法改正の実施段階に入ったら、国民は嫌が応でも選択を突きつけられる。自衛隊を放棄し、通常の軍なら当然持つはずである先制的自衛力(敵地攻撃能力)を備えた自衛軍の設置を認めるかどうか、選択しなければならないのだ。これはもはや遠い未来の話ではない。目前に、この選択のときが迫りつつあるのだ。
国民はこうしていずれ、具体的な転換に対して、腹をくくって具体的な答えを明らかにしなければいけなくなる。要は、情緒的な“覚悟”が“体制”として明文化されるということだ。この明文化された覚悟に国民の過半数が「YES」と答えてはじめて、“体制”に順応した国民の“覚悟”という担保がつくことになる。これこそが貴殿が同調する安倍の考え方を具体化する方法なのではないか。
これまでの俺の考えの流れ方、クライアントや株主、自社従業員への説明責任(アカウンタビリティー)というものを持つ経営者である貴殿なら理解できると思う。
◆責任あるリーダーに求められる説明責任
強力なリーダーシップのもと体制を変換しようとしているのならば、民主的な手続きをとらなければならない。その方法が国民投票であり、国民投票では有権者一人一人が逃れようの無い回答責任を負う。その“覚悟”を持たせるためには、説得力のある青写真が必要だ。しかしそれは、情緒に訴える表現に依拠したものであってははならない。合理的にその必要性を説き、国民に了解を求めるものでなければならない。それを具体的に、わかりやすく説明する責任(アカウンタビリティー)がリーダーには求められる。
情緒に依拠して支持者の共感を得ることは難しいことではない。安部のような国民的カリスマを持つ人間が一般的な倫理観に訴えかけるのだから、国民にとってはとにかく“わかりやすく”“受け容れやすい”ものである。しかしそれでは“説明責任”を果たしたことにはなならい。情緒のみに依拠しない、論理的な説明が為されなければならないのだ。
よって、「日米同盟はベストな選択である」という安倍の論は最もであるが、貴殿が引用した内容では、俺は安倍の安易に情緒的説明に頼る傾向には同調しかねる。結果的に、安倍が日米同盟固持の先に置く体制への転換は、国家の行く末や国民のあり方まで、広範囲に変貌させる可能性がある。その大きな変化について、情緒的な責任論だけでは説明は不十分なのである。日本が、日本人が責任ある同盟国の一員として何を為さねばならないか、安倍はこれを具体的に説く必要がある。日米同盟を真に固持するのであれば、為されなければならないことは精神の育成の他にもまだ沢山あるはずだ。
貴殿が引用した安倍の説明では「日米同盟はベストな選択である」ことを示す論拠として不十分であると言わざるを得ない。
①についての俺の回答は以上だ。
これは メッセージ 1414 (supernobio さん)への返信です.
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