ご無沙汰してますw
投稿者: kokusaikouhou 投稿日時: 2003/10/19 16:25 投稿番号: [6959 / 44985]
なごやん弐式殿認定の「北朝鮮トピ三大事件」の一つの発端を創った者としてw・・・
「朝鮮土地調査事業」を評価するにあたっては、李氏朝鮮時代の土地所有制度の検討を行うことが前提になると考えています。
「朝鮮土地調査事業」に限らず、制度・施策の評価を行うためには、当該制度・施策を実施する前と後の状況、そのような制度・施策を行うに至った動機・理由等を検証する必要があると考えるからです。
私の認識している範囲では、李氏朝鮮時代には近代的な意味での土地所有制度が確立していたどころかその萌芽の存在すら疑わしかったようです。
近代的な意味での土地所有制度の、少なくとも萌芽があったと解するためには、土地の使用、収益、処分(取得及び売却)に関するルールが確立していると共に、そのルールが破られたときの救済方法が存在し一応は機能していることが必要だと考えています。
孫引きですが、ダレ神父は、「朝鮮事情」(1874年)のなかで、
「両班は世界中でもっとも強力にして傲慢な階級である。彼らが強奪に近い形で農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令(知事)は一人もいない」
と書いているそうです。
また在日朝鮮人で作家の金達寿氏は、岩波新書「朝鮮」の中で、
「元来朝鮮には土地の近代的所有はなかった。広大な土地が王室・宮院・官庁・書院・両班に属し、全体として官人層が土地に対する支配力を持っていたが、彼らは土地の管理をせずに収穫だけを取り、管理は舎音という差配にまかせきりであり、しかも舎音が何段にも重なって中間で搾取し、収租の権利の主体すら明白でなかった。一方土地を耕す農民は代々土地を耕してはいても、奴婢あるいは無権利な常民であって、その土地を自己のものとするまでには成長していなかった。土地所有そのものが未熟な状態にあったのである。したがって土地所有を証明するに足る文書・記録は整わず、面積の単位は区々であり、土地の境界もあいまいであった」
と記載しています。
一方日韓併合条約は、その第1条で「韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与ス」と定めています。
従って上述のような前近代的というか、古代的な李氏朝鮮時代の朝鮮半島における土地所有制度を整理するのは、寧ろ併合した日本の義務だったと考えています。
また李氏朝鮮政府・官庁の所有していた土地を日本政府が収用したことを非難する者もいますが、日韓併合条約により朝鮮半島の統治権は全面的に日本に移ったのですから、李氏朝鮮時代の旧朝鮮政府の所有していた土地が進朝鮮政府たる朝鮮総督府に移転するのも当然ことです。
その上で、「朝鮮土地調査事業」と半島人(朝鮮人)の内地(日本)への移民との因果関係ですが、正直なところ私にはまだ整理がついていません。
例えば、貧農の2、3男坊が故郷を棄て都会で働き口を求めるというのは、近代化の途上にある国家で共通に見られる現象だと思います。
日本の場合も明治維新後もそうですが、第二次世界大戦後、昭和20年代から30年代にかけて、地方の中学生が「金の卵」といわれ(騙され、かもしれませんな)東京や大阪に集団就職してきたことは、なごやん弐式殿もご存知だと思いますが・・。
内地への半島人の移民が、「朝鮮土地調査事業」によるものか、農業、それも殆ど奴隷制としか評しようが無い農業以外産業らしい産業を持たなかった朝鮮半島の近代化によるものか、或いはそれ以外に理由があるのかは、私としても非常に興味のあるところですが・・・
「朝鮮土地調査事業」を評価するにあたっては、李氏朝鮮時代の土地所有制度の検討を行うことが前提になると考えています。
「朝鮮土地調査事業」に限らず、制度・施策の評価を行うためには、当該制度・施策を実施する前と後の状況、そのような制度・施策を行うに至った動機・理由等を検証する必要があると考えるからです。
私の認識している範囲では、李氏朝鮮時代には近代的な意味での土地所有制度が確立していたどころかその萌芽の存在すら疑わしかったようです。
近代的な意味での土地所有制度の、少なくとも萌芽があったと解するためには、土地の使用、収益、処分(取得及び売却)に関するルールが確立していると共に、そのルールが破られたときの救済方法が存在し一応は機能していることが必要だと考えています。
孫引きですが、ダレ神父は、「朝鮮事情」(1874年)のなかで、
「両班は世界中でもっとも強力にして傲慢な階級である。彼らが強奪に近い形で農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令(知事)は一人もいない」
と書いているそうです。
また在日朝鮮人で作家の金達寿氏は、岩波新書「朝鮮」の中で、
「元来朝鮮には土地の近代的所有はなかった。広大な土地が王室・宮院・官庁・書院・両班に属し、全体として官人層が土地に対する支配力を持っていたが、彼らは土地の管理をせずに収穫だけを取り、管理は舎音という差配にまかせきりであり、しかも舎音が何段にも重なって中間で搾取し、収租の権利の主体すら明白でなかった。一方土地を耕す農民は代々土地を耕してはいても、奴婢あるいは無権利な常民であって、その土地を自己のものとするまでには成長していなかった。土地所有そのものが未熟な状態にあったのである。したがって土地所有を証明するに足る文書・記録は整わず、面積の単位は区々であり、土地の境界もあいまいであった」
と記載しています。
一方日韓併合条約は、その第1条で「韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与ス」と定めています。
従って上述のような前近代的というか、古代的な李氏朝鮮時代の朝鮮半島における土地所有制度を整理するのは、寧ろ併合した日本の義務だったと考えています。
また李氏朝鮮政府・官庁の所有していた土地を日本政府が収用したことを非難する者もいますが、日韓併合条約により朝鮮半島の統治権は全面的に日本に移ったのですから、李氏朝鮮時代の旧朝鮮政府の所有していた土地が進朝鮮政府たる朝鮮総督府に移転するのも当然ことです。
その上で、「朝鮮土地調査事業」と半島人(朝鮮人)の内地(日本)への移民との因果関係ですが、正直なところ私にはまだ整理がついていません。
例えば、貧農の2、3男坊が故郷を棄て都会で働き口を求めるというのは、近代化の途上にある国家で共通に見られる現象だと思います。
日本の場合も明治維新後もそうですが、第二次世界大戦後、昭和20年代から30年代にかけて、地方の中学生が「金の卵」といわれ(騙され、かもしれませんな)東京や大阪に集団就職してきたことは、なごやん弐式殿もご存知だと思いますが・・。
内地への半島人の移民が、「朝鮮土地調査事業」によるものか、農業、それも殆ど奴隷制としか評しようが無い農業以外産業らしい産業を持たなかった朝鮮半島の近代化によるものか、或いはそれ以外に理由があるのかは、私としても非常に興味のあるところですが・・・
これは メッセージ 6931 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
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