歴史観では無く歴史事実
投稿者: jyoui 投稿日時: 2003/10/16 16:21 投稿番号: [6825 / 44985]
>突然
連れてこられたので
強制連行だと
感じたのでは
ないのでしょうか?
>その方は
北海道の
炭鉱に
連れてこられ
重労働を
させられ
たこ部屋に
住まされたと
言って
いました、賃金
ほとんど
貰ってないみたいです
>脱走しましたが
見つかり
連れ戻され
すごい
仕打ちを
うけたと
言っていました。
>この
話を
聞いた人は
強制連行信じるでしょう
>私は
信じます、強制連行よりも
こんな
仕打ちを
うけた
朝鮮人が
数しれず
>こんな
話
在日なら
聞いた事が
あるはずです
証言は裏付け資料(当時の新聞記事、当時の事件記録、第三者証言・・)が存在して始めて事実認定される訳でしょう。
なぜ事実なら、その証言者は政府や企業を訴えないのだろうか?
なぜ朴慶植は鎌田澤一郎氏の「朝鮮新話」からの引用で「但総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである」の部分をトリミングしたのでしょう。
>ここで
強制連行
ウンヌンよりも
過酷な
労働を
させられた人達が
実存した事の
ほうが
重要だと
思う、
戦時体制化の当時、過酷な体験をさせられたのは彼等だけではないでしょう。
「戦争を始めた日本人の過酷な戦争体験は当然で、朝鮮人(当時は同じ日本人であり内地在住者は選挙・被選挙権もあった)の”過酷な
労働体験”は重要だ」と言う考え方のほうが差別的だと思いませんか?
在日の方の”選民意識”をよく表している考えではありませんか?
>それぞれ
歴史観は
違うので
歴史観ではなく歴史事実を確認するべきでしょう。
その解釈・見方の違いが”歴史観”でしょう。
先ず歴史事実の確認が必要ですよ。
これは メッセージ 6822 (yasuragi53 さん)への返信です.
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