私は理を優先したい。
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2006/12/16 22:24 投稿番号: [37882 / 44985]
それが気持ち悪がられても。
まぁ、あんなヤクザな法理論をぶっ放す男が、そう言っても信憑性は低いと思いますが。
というわけで、
私も議論を吹っかけるものではありません。
>在日は強制連行者などといってる限り、日本は受け入れる余地がない。
民族国家観以前の問題だ。
強制連行されたのなら、祖国へ帰るのが正当な帰結だ。
誘拐されて、なぜ誘拐犯の下で暮らしたいんだ? といえばわかるだろう。
初めに釘を刺して起きますが、私が「強制連行論」を信じているとでも思っているんですか?だとしたら、随分と低く見られたもんです。我ながら情けない。探すのが面倒なので添付はしませんが、以前、韓トピにて、引用したのと同じような(確か、「何故、明日にでも寝首を刈られるような、血なまぐさい国に留まっているのか」という文言だったような…)問いかけを、被害者然としている在日と思しき投稿者にレスしたら、返事が来なかった記憶があります。彼らが今現在留まっていることが、虚構の何よりの証明だと考えていますから。
トピずれの余談ですが、南京・・・(自主規制)のウソも、彼らが間接的に証明しているというのが私の見方です。南京も、例の事件(と、とりあえずします)の後、人口が増えていますから。誰がそんな血なまぐさい所に好き好んで住むか。ということです。
ま、それはさておき、厚床さんとは考えるベクトルが正反対なんでしょうが、政府からの強制力(即ち、国籍強制付与)を働かせた方が、未取得者にとって、相当のプレッシャーとなるのではないか。それが結果的に相応の成果を伴うのではないか(まぁ、立ち塞がる諸問題は少なくは無いと思いますが・・・それはまた後で)。ということです。ま、甘い。と断じられれば、それまでですがね。
「帰れ」という気持ちは理解できても、あまりに度が過ぎると、それ故、彼らが依怙地になる。という精神構造は十分に考えられますから。
当たり前のことですが、彼らも人間です。可笑しい時に笑えば、悲しい時には泣く。男だったら、いい女と関係を持ちたいでしょう。周囲から五月蝿く言われれば、それに意地になって反発するのもまた然りです。
ですから、方法論とか手続きとかが大切になってくるのです。
これぐらい、ご理解していただけますよね。
ま、この件に関しては、拙稿(・・・「への疑問…」)を参照して下さい。
あ、それに対し、特にレスは不要です。午前中の書き込みを拝見したら、厚床さん。ちょっと挑発されていましたからね。
厚床さんの半島に対する歴史認識は、ほぼ同意できます。僭越ですが、私との違いはその表現方法にあると考えております。
熱い感情を、時には胸の内に秘める時も当然に出てくるはずです。
それが今だとは敢えて申しませんが・・・。
言葉についてですが、言葉とは、その民族の価値観とか美感などの結晶だという、福田恆存の考えを支持します。三島も同じ位置にいたのではないかと推測します。
例えば、日本人は、外国人と比べよく自己主張が不得手だと、少なくとも過去においては、言われてきました。
これは、日本語の特徴として、述語が一番最後に来ることと、密接な関係があるのでは。と推定しております。英語やチャイニーズは主語の次に述語が来ます。これは、早い段階で自己主張をしないと、やっていけなかったという歴史に起因するからだと一先ず推測しておきます。
因みに、ハングルは日本語と同じ語順だったと覚えていますが、これは統治時代に、日本人が発見、普及したことが原因だと思います。あの尋常ならざる自己主張を見るにつけ、述語が後に来るのは、随分と不自然に感じます。
“アジアは一つ”なんてことを耳にしたことがありますが、以上の理由もあり、ずっとピンと来ませんでしたね。
では、長々と失礼いたしました。
まぁ、あんなヤクザな法理論をぶっ放す男が、そう言っても信憑性は低いと思いますが。
というわけで、
私も議論を吹っかけるものではありません。
>在日は強制連行者などといってる限り、日本は受け入れる余地がない。
民族国家観以前の問題だ。
強制連行されたのなら、祖国へ帰るのが正当な帰結だ。
誘拐されて、なぜ誘拐犯の下で暮らしたいんだ? といえばわかるだろう。
初めに釘を刺して起きますが、私が「強制連行論」を信じているとでも思っているんですか?だとしたら、随分と低く見られたもんです。我ながら情けない。探すのが面倒なので添付はしませんが、以前、韓トピにて、引用したのと同じような(確か、「何故、明日にでも寝首を刈られるような、血なまぐさい国に留まっているのか」という文言だったような…)問いかけを、被害者然としている在日と思しき投稿者にレスしたら、返事が来なかった記憶があります。彼らが今現在留まっていることが、虚構の何よりの証明だと考えていますから。
トピずれの余談ですが、南京・・・(自主規制)のウソも、彼らが間接的に証明しているというのが私の見方です。南京も、例の事件(と、とりあえずします)の後、人口が増えていますから。誰がそんな血なまぐさい所に好き好んで住むか。ということです。
ま、それはさておき、厚床さんとは考えるベクトルが正反対なんでしょうが、政府からの強制力(即ち、国籍強制付与)を働かせた方が、未取得者にとって、相当のプレッシャーとなるのではないか。それが結果的に相応の成果を伴うのではないか(まぁ、立ち塞がる諸問題は少なくは無いと思いますが・・・それはまた後で)。ということです。ま、甘い。と断じられれば、それまでですがね。
「帰れ」という気持ちは理解できても、あまりに度が過ぎると、それ故、彼らが依怙地になる。という精神構造は十分に考えられますから。
当たり前のことですが、彼らも人間です。可笑しい時に笑えば、悲しい時には泣く。男だったら、いい女と関係を持ちたいでしょう。周囲から五月蝿く言われれば、それに意地になって反発するのもまた然りです。
ですから、方法論とか手続きとかが大切になってくるのです。
これぐらい、ご理解していただけますよね。
ま、この件に関しては、拙稿(・・・「への疑問…」)を参照して下さい。
あ、それに対し、特にレスは不要です。午前中の書き込みを拝見したら、厚床さん。ちょっと挑発されていましたからね。
厚床さんの半島に対する歴史認識は、ほぼ同意できます。僭越ですが、私との違いはその表現方法にあると考えております。
熱い感情を、時には胸の内に秘める時も当然に出てくるはずです。
それが今だとは敢えて申しませんが・・・。
言葉についてですが、言葉とは、その民族の価値観とか美感などの結晶だという、福田恆存の考えを支持します。三島も同じ位置にいたのではないかと推測します。
例えば、日本人は、外国人と比べよく自己主張が不得手だと、少なくとも過去においては、言われてきました。
これは、日本語の特徴として、述語が一番最後に来ることと、密接な関係があるのでは。と推定しております。英語やチャイニーズは主語の次に述語が来ます。これは、早い段階で自己主張をしないと、やっていけなかったという歴史に起因するからだと一先ず推測しておきます。
因みに、ハングルは日本語と同じ語順だったと覚えていますが、これは統治時代に、日本人が発見、普及したことが原因だと思います。あの尋常ならざる自己主張を見るにつけ、述語が後に来るのは、随分と不自然に感じます。
“アジアは一つ”なんてことを耳にしたことがありますが、以上の理由もあり、ずっとピンと来ませんでしたね。
では、長々と失礼いたしました。
これは メッセージ 37874 (attoko12345 さん)への返信です.
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