在日は帰れ
投稿者: attoko12345 投稿日時: 2006/12/14 20:48 投稿番号: [37820 / 44985]
かつて、在日は帰れ、とかいたとき、
そのような主張が理不尽のような非難を受けたことがある。
反論してもよいが、
かえるの顔にションベンの御仁に重ねて言うこともないと控えたが、
最近コリアンザサード氏が本を出し、かつ在日の特権を許さない会なるものを紹介するのを見て、
このような全うな在日がでてきたことを心強くよく思うようになった。
http://koreanthe3rd.jp/
Kaz氏の考えはおそらくは自分と非常に似たものであるだろう。「在日は帰れ」という書き込みにびくりとするのは今の私も同じである。
もともとが在日なだけにどうしようも無い部分はあるが、これをもってどうこう言う気はない。
書き込んだ日本人による在日への素直な感情であると受け止めるしかない。
そしてKaz氏が「私は帰化してないのは単なる暇と金が無い」と仰るのは、このブログを始めるまでの自分もそうだったので無下に非難するつもりはない。
非難は他の日本人におまかせする。自分の仕事や趣味と国籍を天秤にかけた場合、どちらが大事かというのは本来は個人の主観の問題ではあるが、そろそろそういう個人の問題ではなくなりつつあるということを自覚していただければ、後はその個人の行動を見守るだけである。
そして、そういった行動を起こす在日の少なさ、というよりはネットを含めたメディアで飛び交う情報にそういう在日の姿が見られないことに対する日本人の懸念や疑念、嫌悪というのは、ここが日本である以上、至極当然のことでもある。
日本人が在日批判を繰り返すのは、それに対する在日側の回答が日本人の利にならないからである。
回答というのはテレビに写る朝鮮総連の姿であり、未だに強制連行を訴える在日の姿である。
もちろんこのブログもひとつの回答ではあるが、インパクトや浸透性の観点から言うとまだまだ弱い、弱すぎる。
だからこそ同じ信条を持った在日あるいは韓国系、朝鮮系日本人を束ねる必要が生じるわけだが、それはまだまだ遠い未来のように感じられるほどにリアクションは少ない。
だから、在日のコメントが少ないというのは、もう在日からの「回答」なのだと考えて前に進むしかない。
在日側の素直な心情や在日ゆえのアイデンティティ構築にも私は興味があるが、それはここでやることではないような気もする。
とあるSNSにはノンポリ系の在日がそれなりにいるみたいなので、そこでリサーチするとして、そろそろこのブログももう一段階エボリューションする必要があると思い出した。
だからこそ「在日特権を許さない市民の会」に参加した。
その準備会合で、桜井さんが仰った一言がある。
「朝鮮人を100万人殺しても1人の日本人を救うのが日本という国家であるべきだ」と。
人類みな平等、世界はひとつ、と考える人にとっては憤慨ものの言葉なのだろうが、実は私も一瞬「ん?」と思った。
だが、桜井氏の言葉は国家として至極当然であると結論付けた。
そのような主張が理不尽のような非難を受けたことがある。
反論してもよいが、
かえるの顔にションベンの御仁に重ねて言うこともないと控えたが、
最近コリアンザサード氏が本を出し、かつ在日の特権を許さない会なるものを紹介するのを見て、
このような全うな在日がでてきたことを心強くよく思うようになった。
http://koreanthe3rd.jp/
Kaz氏の考えはおそらくは自分と非常に似たものであるだろう。「在日は帰れ」という書き込みにびくりとするのは今の私も同じである。
もともとが在日なだけにどうしようも無い部分はあるが、これをもってどうこう言う気はない。
書き込んだ日本人による在日への素直な感情であると受け止めるしかない。
そしてKaz氏が「私は帰化してないのは単なる暇と金が無い」と仰るのは、このブログを始めるまでの自分もそうだったので無下に非難するつもりはない。
非難は他の日本人におまかせする。自分の仕事や趣味と国籍を天秤にかけた場合、どちらが大事かというのは本来は個人の主観の問題ではあるが、そろそろそういう個人の問題ではなくなりつつあるということを自覚していただければ、後はその個人の行動を見守るだけである。
そして、そういった行動を起こす在日の少なさ、というよりはネットを含めたメディアで飛び交う情報にそういう在日の姿が見られないことに対する日本人の懸念や疑念、嫌悪というのは、ここが日本である以上、至極当然のことでもある。
日本人が在日批判を繰り返すのは、それに対する在日側の回答が日本人の利にならないからである。
回答というのはテレビに写る朝鮮総連の姿であり、未だに強制連行を訴える在日の姿である。
もちろんこのブログもひとつの回答ではあるが、インパクトや浸透性の観点から言うとまだまだ弱い、弱すぎる。
だからこそ同じ信条を持った在日あるいは韓国系、朝鮮系日本人を束ねる必要が生じるわけだが、それはまだまだ遠い未来のように感じられるほどにリアクションは少ない。
だから、在日のコメントが少ないというのは、もう在日からの「回答」なのだと考えて前に進むしかない。
在日側の素直な心情や在日ゆえのアイデンティティ構築にも私は興味があるが、それはここでやることではないような気もする。
とあるSNSにはノンポリ系の在日がそれなりにいるみたいなので、そこでリサーチするとして、そろそろこのブログももう一段階エボリューションする必要があると思い出した。
だからこそ「在日特権を許さない市民の会」に参加した。
その準備会合で、桜井さんが仰った一言がある。
「朝鮮人を100万人殺しても1人の日本人を救うのが日本という国家であるべきだ」と。
人類みな平等、世界はひとつ、と考える人にとっては憤慨ものの言葉なのだろうが、実は私も一瞬「ん?」と思った。
だが、桜井氏の言葉は国家として至極当然であると結論付けた。
これは メッセージ 37819 (attoko12345 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/kldabaaf_1/37820.html