リラさんへ。
投稿者: chopper8111362 投稿日時: 2005/04/11 18:07 投稿番号: [31268 / 44985]
>
ヨーロッパでの公演で。
「皆さんはもし『お忙しそうですね』と聞かれれば、『残念ながら』とお答えになるでしょう。ですが、日本人は同じ問い掛けに『おかげさまで』と答えます。つまり、『ありがたいことに』というニュアンスを含んでいるのです」
と切り出されたそうです。すると一瞬の沈黙ののち、大爆笑が起こったとか。
うん。僕には良い話に思えます。労働観ひとつにも様々な解釈と反応がある。世界は多様な方が面白い。
> 本来のキリスト教(というか、正確にはユダヤ教)の教義では、労働は人間がエデンの園を追われた罰でした。それを、宗教的に価値あるものに転換した第一人者は、16Cの宗教改革者の1人カルヴァンでしょう。そこから、マックス・ウェーバーなどの考えかたも出てくると感じています。
だからこそ、カソリックの国よりはプロテスタントの国々のほうが資本主義が根付きやすいのでしょうね。
宗教オンチのおいらにも、分かり易い説明、ありがとう御座います。
日本人には、「罰としての労働」とか「労働は卑しい」という概念はありません。(残念ながら「穢れた仕事」という概念はある)
仕事に「趣味性」を見出し(則ち報酬に拘らない)、さらに「勤勉」を美徳とする。良い文化だと思います。(なんだか、社会主義国のスローガンみたいだけど、、。)
>ファンダメンタリスト(キリスト教原理主義者)と呼ばれ、云々。
いわゆる、「ブッシュ政権」の支持層ですね?
>一方でエキュメニカル運動を推進しているメインラインに属する人々には、左派的な要素を持った人々が多いのです。(特に、日本では)
そうですね、いかがわしい市民活動の記事を読むと、必ず「キリスト教なんちゃら教会」とかの名前がありますね。もちろん、仏教系の名前も見かけます。数年前に、キリスト教系の団体と仏教系の団体が、連名で国を相手取ったおかしな訴訟を起こしてましたなー。
> 私の結論としては、かつては宗教が「人間が労働する」ことの意味を決めていた、しかし今日では、その宗教的教義(共産主義も一種の宗教ですからね)からより自由になるというか、宗教的教義を人間が労働することに持ち込まない理性を働かせることが出来るか否か、で、その国の資本主義の浸透が計れると思っています。
炯眼の至りだと思います。
日本人は、(是非は別として)宗教の束縛から自由であったが為に、労働の価値観を純粋に追及できたのでしょう。
ご指導ありがとう御座いました。
「皆さんはもし『お忙しそうですね』と聞かれれば、『残念ながら』とお答えになるでしょう。ですが、日本人は同じ問い掛けに『おかげさまで』と答えます。つまり、『ありがたいことに』というニュアンスを含んでいるのです」
と切り出されたそうです。すると一瞬の沈黙ののち、大爆笑が起こったとか。
うん。僕には良い話に思えます。労働観ひとつにも様々な解釈と反応がある。世界は多様な方が面白い。
> 本来のキリスト教(というか、正確にはユダヤ教)の教義では、労働は人間がエデンの園を追われた罰でした。それを、宗教的に価値あるものに転換した第一人者は、16Cの宗教改革者の1人カルヴァンでしょう。そこから、マックス・ウェーバーなどの考えかたも出てくると感じています。
だからこそ、カソリックの国よりはプロテスタントの国々のほうが資本主義が根付きやすいのでしょうね。
宗教オンチのおいらにも、分かり易い説明、ありがとう御座います。
日本人には、「罰としての労働」とか「労働は卑しい」という概念はありません。(残念ながら「穢れた仕事」という概念はある)
仕事に「趣味性」を見出し(則ち報酬に拘らない)、さらに「勤勉」を美徳とする。良い文化だと思います。(なんだか、社会主義国のスローガンみたいだけど、、。)
>ファンダメンタリスト(キリスト教原理主義者)と呼ばれ、云々。
いわゆる、「ブッシュ政権」の支持層ですね?
>一方でエキュメニカル運動を推進しているメインラインに属する人々には、左派的な要素を持った人々が多いのです。(特に、日本では)
そうですね、いかがわしい市民活動の記事を読むと、必ず「キリスト教なんちゃら教会」とかの名前がありますね。もちろん、仏教系の名前も見かけます。数年前に、キリスト教系の団体と仏教系の団体が、連名で国を相手取ったおかしな訴訟を起こしてましたなー。
> 私の結論としては、かつては宗教が「人間が労働する」ことの意味を決めていた、しかし今日では、その宗教的教義(共産主義も一種の宗教ですからね)からより自由になるというか、宗教的教義を人間が労働することに持ち込まない理性を働かせることが出来るか否か、で、その国の資本主義の浸透が計れると思っています。
炯眼の至りだと思います。
日本人は、(是非は別として)宗教の束縛から自由であったが為に、労働の価値観を純粋に追及できたのでしょう。
ご指導ありがとう御座いました。
これは メッセージ 31243 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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