私は何者? /帰る祖国なんて、僕にはない
投稿者: rhee_bong_jo 投稿日時: 2005/03/22 17:58 投稿番号: [30748 / 44985]
毎日新聞のニュースから。
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/miyagi/news/20050322ddlk04040073000c.html
もう一つの60年:
在日韓国・朝鮮人の戦後史/1 私は何者? /宮城
◇悪意のない“慰め”がつらい/帰る祖国なんて、僕にはない
終戦後、日本には世界に類のない法的地位を持つ人々が生まれた。日本国籍をはく奪されたうえで永住権を与えられた在日韓国・朝鮮人だ。日本社会の中で、陰湿な、あるいは何気ない言葉の差別を受けながら生き抜いてきたその歴史は、日本社会の在りようや成熟度を映し出す鏡でもあった。戦後60年。「在日」という視点を通して、還暦を迎える日本を見つめた。
80年代、日本列島には在日韓国・朝鮮人による「指紋押なつ」拒否の運動が広がった。日本に住む他の外国人と同じように義務付けられていた、定期的な指紋押なつや外国人登録証の常時携帯などを撤廃すべきだという主張だった。
仙台市に住む在日韓国人3世で、司法書士の森田みささん(39)はそのころ、多感な高校時代を過ごした。家庭で特別な民族教育を受けたわけでもなく、韓国籍への強い自覚もなかったが、「在日」がクローズアップされる中、自らの出自を親友に打ち明けた。
「実は私、在日韓国人なんだ……」
言ったあと身構えると、返ってきたのはこんなことばだった。
「みさは日本人と変わらないじゃない」「(韓国人だと)全く分からないよ」
突然の告白に、親友たちも戸惑ったに違いない。だが、森田さんの心は晴れなかった。
「みんな私をフォローしてくれるんですね。そこに悪意は全くないけど、何となく『韓国人は自分たちより下だ』と感じていて、そのうえで『あなたは私たち日本人と一緒よ』と慰めてくれたような気がしたんです」
その後、23歳で日本人と結婚し、日本国籍を取得した。あまり抵抗はなかったが、だからこそ、今も引きずっている。
「『私は何者だろう』という気持ちがずっとあるんですよ。血は韓国、国籍は日本。だけど、どちらも祖国だと思えない。たぶん一生そうです。人に『何人ですか』と聞かれたら『在日韓国人です』としか答えられないと思う」
□ □
森田さんより一世代若い在日韓国人3世、李篤史(イトフサ)さん(22)は歯科医を目指す東北大歯学部3年生だ。昨年12月、インターネットで調べものをしていて、在日韓国・朝鮮人への批判や反感を掲載したホームページに迷い込んだ。
「勝手に日本に来たのに永住権はあるし、特権が多すぎる」「そんなに日本が嫌いなら、祖国に帰ればいい」
多くが「在日」の歴史を知らずに、あるいは歪曲(わいきょく)して書かれたものだった。「文句あるなら帰れと言われても、僕の帰るところは神戸の実家しかないんですけどね」
日本で生まれ、日本の学校に学び、韓国語は最近ようやく学び始めたばかり。森田さん同様、ことさら在日という存在への思い入れはないが、ネットの書き込みには、さすがに怒りを通り越して悲しくなった。
□ □
80年代の在日韓国・朝鮮人の権利拡充運動は、日本政府を動かし、他の在住外国人にも波及していった。さまざまな摩擦を抱えながらも、日韓関係は新時代に入り、在日社会も「日本社会との共生」へ向けて歩みを始めている。だが、日本社会の底流にうごめくナショナリズムは、その発露として、今なお在日を「ターゲット」にし続けている。=つづく(この連載は鈴木英生が担当します)
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/miyagi/news/20050322ddlk04040073000c.html
もう一つの60年:
在日韓国・朝鮮人の戦後史/1 私は何者? /宮城
◇悪意のない“慰め”がつらい/帰る祖国なんて、僕にはない
終戦後、日本には世界に類のない法的地位を持つ人々が生まれた。日本国籍をはく奪されたうえで永住権を与えられた在日韓国・朝鮮人だ。日本社会の中で、陰湿な、あるいは何気ない言葉の差別を受けながら生き抜いてきたその歴史は、日本社会の在りようや成熟度を映し出す鏡でもあった。戦後60年。「在日」という視点を通して、還暦を迎える日本を見つめた。
80年代、日本列島には在日韓国・朝鮮人による「指紋押なつ」拒否の運動が広がった。日本に住む他の外国人と同じように義務付けられていた、定期的な指紋押なつや外国人登録証の常時携帯などを撤廃すべきだという主張だった。
仙台市に住む在日韓国人3世で、司法書士の森田みささん(39)はそのころ、多感な高校時代を過ごした。家庭で特別な民族教育を受けたわけでもなく、韓国籍への強い自覚もなかったが、「在日」がクローズアップされる中、自らの出自を親友に打ち明けた。
「実は私、在日韓国人なんだ……」
言ったあと身構えると、返ってきたのはこんなことばだった。
「みさは日本人と変わらないじゃない」「(韓国人だと)全く分からないよ」
突然の告白に、親友たちも戸惑ったに違いない。だが、森田さんの心は晴れなかった。
「みんな私をフォローしてくれるんですね。そこに悪意は全くないけど、何となく『韓国人は自分たちより下だ』と感じていて、そのうえで『あなたは私たち日本人と一緒よ』と慰めてくれたような気がしたんです」
その後、23歳で日本人と結婚し、日本国籍を取得した。あまり抵抗はなかったが、だからこそ、今も引きずっている。
「『私は何者だろう』という気持ちがずっとあるんですよ。血は韓国、国籍は日本。だけど、どちらも祖国だと思えない。たぶん一生そうです。人に『何人ですか』と聞かれたら『在日韓国人です』としか答えられないと思う」
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森田さんより一世代若い在日韓国人3世、李篤史(イトフサ)さん(22)は歯科医を目指す東北大歯学部3年生だ。昨年12月、インターネットで調べものをしていて、在日韓国・朝鮮人への批判や反感を掲載したホームページに迷い込んだ。
「勝手に日本に来たのに永住権はあるし、特権が多すぎる」「そんなに日本が嫌いなら、祖国に帰ればいい」
多くが「在日」の歴史を知らずに、あるいは歪曲(わいきょく)して書かれたものだった。「文句あるなら帰れと言われても、僕の帰るところは神戸の実家しかないんですけどね」
日本で生まれ、日本の学校に学び、韓国語は最近ようやく学び始めたばかり。森田さん同様、ことさら在日という存在への思い入れはないが、ネットの書き込みには、さすがに怒りを通り越して悲しくなった。
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80年代の在日韓国・朝鮮人の権利拡充運動は、日本政府を動かし、他の在住外国人にも波及していった。さまざまな摩擦を抱えながらも、日韓関係は新時代に入り、在日社会も「日本社会との共生」へ向けて歩みを始めている。だが、日本社会の底流にうごめくナショナリズムは、その発露として、今なお在日を「ターゲット」にし続けている。=つづく(この連載は鈴木英生が担当します)
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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