リラ殿>朝鮮「パルチザン」③
投稿者: kokusaikouhou666 投稿日時: 2005/01/08 00:45 投稿番号: [27442 / 44985]
この間島5.30事件の結果、間島出兵を生き延びた朝鮮人共産主義者も殆ど壊滅し、残党は中国共産党に吸収されて満洲匪賊になり(「東北人民革命軍」、「東北抗日連合軍」)、更に極東ソ連軍の統制掌握下に置かれることになりました。
このため、昭和10年頃には満洲匪賊討伐工作は、「あたかもソ連との前哨戦的内容を漸次具備しつつある」と評されるようになります。
>パルチザン(ていうか、ゲリラ)の部隊って、そんなもんで「部隊」というに値するんですか?
(120人はそう言えるのかもしれないけど)
>最終的にソ連軍の一部として元山港に入港したときには400人くらいの集団だったそうなんですけど、それをどのていど評価したらいいんでしょう。
パルチザンの類は大人数だと所在を隠匿するのが難しくなるし、兵站能力も低いですから、数十人単位というのは普通じゃないかと思います。
それに匪賊・馬賊の類と思えば20名でも十分1部隊かとww
>上海の臨時政府が抱えていた軍隊は、当時どれくらいだったのでしょう?
これは私も知りませんが、上海の臨時政府は軍隊らしい軍隊は抱えていなかったんじゃないでしょうか・・・
上海から重慶に逃げた金九が韓国光復軍を作ったときも、当初は臨時政府ではなく国民党の支配下に置くことを要求されたそうですから、上海時代に蒋介石政府から独立した軍を持っていたとは思えないんですが・・
ただ日本軍の討伐を受けてソ連まで逃げ武装解除された洪範図の大韓独立軍は、上海臨時政府の指揮下にあったとされているようです・・・
この辺で力尽きたということで、ご勘弁くだされww
これは メッセージ 27441 (kokusaikouhou666 さん)への返信です.
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