リラさん
投稿者: koibitonoirumachikado 投稿日時: 2004/12/09 16:38 投稿番号: [25767 / 44985]
「依存」(相手の無謀なあるいは横暴なふるまいに同一レベルで反応すると、自分もそのレベルまで下がってしまう、というリラさんの定義)は、リラさんによると、最も軽蔑すべき現象だそうですが、私が韓国で昔「日本人」だというだけで取り囲まれたとき脱出できた方法は唯一リラさん言われるところの「依存」に頼り、同一レベルの反応を示したからだと今でも思っていますよ。
すなわち、日本人だというだけで私を取り囲んだ暴虐な連中に
「お前ら、人間として恥ずかしくないのか!何が秀吉だ、何が日帝36年だ、俺に何の関係がある。何が東方礼儀の国だ。人間の心があるなら、少しは恥ずかしいと思わないのか!」という「依存」(同一レベルの反応)に頼った発言をしたからこそ、囲みを突破できたと今でも思っていますよ。
時にはリラさんが最も軽蔑するという「依存」に頼ることも必要だと思いますよ。
「依存」に頼らず「冷静」に対処した結果、一言も言えなくなるくらい静かに冷静になったまま、「木の箱」に入って帰国するという結果も十分に考えられるのですよ。
もう少し、頑なところを改善されたほうが良い場合もあります。
状況に応じて「依存」が必要になる場合もあるのです。
これは メッセージ 25756 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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