北朝鮮の親戚宅訪問
投稿者: sonfan512 投稿日時: 2003/08/22 10:48 投稿番号: [2524 / 44985]
20代のとき北朝鮮を5回訪問した。
4回目だったと記憶してるが初の親戚訪問が実現した。勿論訪問のたびに親戚代表との面会は地方都市で行われた。
お宅訪問とあって、期待と不安で胸は躍る。まだ見ぬ身内の顔は、どんな家に住んでる、何を食べ仕事は何か、幸せなのか、あらゆる想像が思い描かれる。
1987年だったと思うがピョンヤンから夜行列車の旅で朝方最寄の駅に着いた。
駅には親戚と郡幹部が出迎えてくれた。
見た事の無いような旧ソ連制のポンコツ乗用車で五分、悪路を時速十キロで走っても何度室内の天井にぶつかった事か。
舗装された道は駅前のメインストリートの約一キロだけだった。
自宅は住宅密集地の一角で木造平屋建て板壁だったか土壁だったかは憶えは無いが殆ど同じ形の家々が並んでた。
間取りは2Kで6人住まい、部屋には夏場なのにオンドル、外に簡易トイレ、水道の蛇口は開きっぱなしだが水が出るのは一日に一時間だけで、チョビチョビでるから大きな樽に溜め込んでおく。
電力は安定せず一日に何度停電する事やら分からない。燃料は練炭か薪でガスは無かった。
家に風呂は無い。街に一軒浴場が在るみたいで週に一度ぐらい通うといっていた。だがわたしには嘘としか聞こえなかった。
住宅街の道はなぜか黒かった。理由は練炭と薪の燃えカス、道を歩くと靴はすぐに黒く汚れた。
汚れた靴をおばさんが井戸水で洗ってくれたのだがその井戸水は凄い悪臭で靴から臭いが取れるまで何週間も掛かった。
(何度も洗い直したのだけど)
そして家の中になぜかハエが数百匹、訪問中悩まない日は無かった。理由はその町に下水が無かったり単に不衛生のためだった。
各家々には6畳から10畳ほどの自給自足用の畑があり、とうもろこしをはじめ野菜を栽培してた。又犬を飼い年に一度のスタミナ源にするようだ。
おばさんに家族6人では狭いでしょと訊ねたらほかにもう一軒の家を構えるには日本円で2万円ほど掛かるから無理だと答えが返ってきた。ちなみに私の母は姉であるおばさんに私を通じ15万円渡したのだが家の工面よりも家族が当分食いつなぐ事の方が何倍も大切な事と考えたのだろう。
(気が向けば続く)
4回目だったと記憶してるが初の親戚訪問が実現した。勿論訪問のたびに親戚代表との面会は地方都市で行われた。
お宅訪問とあって、期待と不安で胸は躍る。まだ見ぬ身内の顔は、どんな家に住んでる、何を食べ仕事は何か、幸せなのか、あらゆる想像が思い描かれる。
1987年だったと思うがピョンヤンから夜行列車の旅で朝方最寄の駅に着いた。
駅には親戚と郡幹部が出迎えてくれた。
見た事の無いような旧ソ連制のポンコツ乗用車で五分、悪路を時速十キロで走っても何度室内の天井にぶつかった事か。
舗装された道は駅前のメインストリートの約一キロだけだった。
自宅は住宅密集地の一角で木造平屋建て板壁だったか土壁だったかは憶えは無いが殆ど同じ形の家々が並んでた。
間取りは2Kで6人住まい、部屋には夏場なのにオンドル、外に簡易トイレ、水道の蛇口は開きっぱなしだが水が出るのは一日に一時間だけで、チョビチョビでるから大きな樽に溜め込んでおく。
電力は安定せず一日に何度停電する事やら分からない。燃料は練炭か薪でガスは無かった。
家に風呂は無い。街に一軒浴場が在るみたいで週に一度ぐらい通うといっていた。だがわたしには嘘としか聞こえなかった。
住宅街の道はなぜか黒かった。理由は練炭と薪の燃えカス、道を歩くと靴はすぐに黒く汚れた。
汚れた靴をおばさんが井戸水で洗ってくれたのだがその井戸水は凄い悪臭で靴から臭いが取れるまで何週間も掛かった。
(何度も洗い直したのだけど)
そして家の中になぜかハエが数百匹、訪問中悩まない日は無かった。理由はその町に下水が無かったり単に不衛生のためだった。
各家々には6畳から10畳ほどの自給自足用の畑があり、とうもろこしをはじめ野菜を栽培してた。又犬を飼い年に一度のスタミナ源にするようだ。
おばさんに家族6人では狭いでしょと訊ねたらほかにもう一軒の家を構えるには日本円で2万円ほど掛かるから無理だと答えが返ってきた。ちなみに私の母は姉であるおばさんに私を通じ15万円渡したのだが家の工面よりも家族が当分食いつなぐ事の方が何倍も大切な事と考えたのだろう。
(気が向けば続く)
これは メッセージ 2516 (sunday7227 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/kldabaaf_1/2524.html