ヒューマンさん(1)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/10/06 14:19 投稿番号: [23114 / 44985]
こんにちハーフコート
>、リラさんと話している「ハンノ」はハンノ・ボミルカルでもなく、ハンノ・バルフェトルでもなく、あのハンノ(ハンノン)ですよね?
そうです。ハンノンです。
>ハンノにそれほどの能力があったとは思えないなあ。カルタゴ政治部は派閥争いのメッカみてーな側面もあるし。そもそも、ハンノは元々親ハンニバル派だったのが、突き上げに押されて反ハンニバルに変えたような、どっちつかずな優柔不断な性格を持ってるしなあ。
ふーん、彼ってそういう人だったのね。
塩野七生とモンタネッリ(それから、ほとんどバカだとは思うけど元フェリス学長の弓削氏)だけではやっぱり情報不十分ね。ありがとう。
>ハンニバルのローマ包囲時に、タレントゥムもルカニアもカプアもシラクサも大いに動揺し、各国が争ってハンニバルに書簡を送り、積極的介入こそしないもののローマ陥落時には追随する、という旨を表明したのは常識。その書簡も近年次々と発見されてきている。見放す気配がないどころではない、9割がた見放してたんですよ。
そこであと一押しの援軍を送らなかったハンノ他、反ハンニバル派は大勢を時流を見誤ったとしか言えない。
その辺のこと、読み返すとモンタネッリにも書いてありました。ラテン同盟が動揺していなかった、というのは撤回します。 とはいえ、この時のローマ包囲に関して、
「ハンニバルは動かなかった。ローマがほとんど無防備なのを知りながら、なぜこの時かれがためらったのか、今に至るも謎である。大作戦を行なうために援軍の到着を待っていたのか。敵の屈服を期待していたのか。それとも、四回連続勝利の後になお底知れぬ畏怖の念につきまとわれていたのか」
結局は、ハンニバルの判断ミスだったんでしょう? それを、
>そこであと一押しの援軍を送らなかったハンノ他、反ハンニバル派は大勢を時流を見誤ったとしか言えない。
と反ハンニバル派の無能(だっだだろうとは思うけど)のせいにしてはいけないよん。それに今思いついたけど、
>ハンニバルのローマ包囲時に、タレントゥムもルカニアもカプアもシラクサも大いに動揺し、各国が争ってハンニバルに書簡を送り、積極的介入こそしないもののローマ陥落時には追随する、という旨を表明したのは常識。
この反応って、乱世の常識じゃない。
>積極的介入こそしないもののローマ陥落時には追随する
なんてとこなんか。つまり二股外交。そして、ハンニバルはローマを陥落させることが出来なかった。これが厳粛な事実ね。
>ローマにも人材はそこそこいましたよ、準1流なのが。マルクス=クラウディウス=マルケルスなんかもそうでしょうし。
そうね。それから、ファビウス・マクシムスもそうじゃない。彼が、対ハンニバル戦は徹底的に、正面切っては戦わない。その代わり、ハンニバルが指揮を取っていない戦線は絶対に叩くって戦術を考え出したんでしょう。ある意味、スキピオ以上に彼の方がローマを救ったような気もします。
で、本論。
>補給の弱さはある程度認めます。
そもそも征服しようと攻めこんだ土地の一画しか確保できずに8年間もそこに押し込められていた、というので、ハンニバルの命運は尽きたんですよ。ハンニバルだから8年間も持ちこたえたとも言えるけど。
>次にオフ会などでお会いするときに、論文でよければ差し上げとう御座います。でも、俺が英語さっぱりなんで、ドイツ語版なんだよなあ
とってもわがままなんだけど、それを和訳して持ってきてくれるか、それが無理なほど大部なものなら要点を教えてくれないかなぁ? ねぇ、お願い。(おばさんのつぶらな瞳が見上げています)
>、リラさんと話している「ハンノ」はハンノ・ボミルカルでもなく、ハンノ・バルフェトルでもなく、あのハンノ(ハンノン)ですよね?
そうです。ハンノンです。
>ハンノにそれほどの能力があったとは思えないなあ。カルタゴ政治部は派閥争いのメッカみてーな側面もあるし。そもそも、ハンノは元々親ハンニバル派だったのが、突き上げに押されて反ハンニバルに変えたような、どっちつかずな優柔不断な性格を持ってるしなあ。
ふーん、彼ってそういう人だったのね。
塩野七生とモンタネッリ(それから、ほとんどバカだとは思うけど元フェリス学長の弓削氏)だけではやっぱり情報不十分ね。ありがとう。
>ハンニバルのローマ包囲時に、タレントゥムもルカニアもカプアもシラクサも大いに動揺し、各国が争ってハンニバルに書簡を送り、積極的介入こそしないもののローマ陥落時には追随する、という旨を表明したのは常識。その書簡も近年次々と発見されてきている。見放す気配がないどころではない、9割がた見放してたんですよ。
そこであと一押しの援軍を送らなかったハンノ他、反ハンニバル派は大勢を時流を見誤ったとしか言えない。
その辺のこと、読み返すとモンタネッリにも書いてありました。ラテン同盟が動揺していなかった、というのは撤回します。 とはいえ、この時のローマ包囲に関して、
「ハンニバルは動かなかった。ローマがほとんど無防備なのを知りながら、なぜこの時かれがためらったのか、今に至るも謎である。大作戦を行なうために援軍の到着を待っていたのか。敵の屈服を期待していたのか。それとも、四回連続勝利の後になお底知れぬ畏怖の念につきまとわれていたのか」
結局は、ハンニバルの判断ミスだったんでしょう? それを、
>そこであと一押しの援軍を送らなかったハンノ他、反ハンニバル派は大勢を時流を見誤ったとしか言えない。
と反ハンニバル派の無能(だっだだろうとは思うけど)のせいにしてはいけないよん。それに今思いついたけど、
>ハンニバルのローマ包囲時に、タレントゥムもルカニアもカプアもシラクサも大いに動揺し、各国が争ってハンニバルに書簡を送り、積極的介入こそしないもののローマ陥落時には追随する、という旨を表明したのは常識。
この反応って、乱世の常識じゃない。
>積極的介入こそしないもののローマ陥落時には追随する
なんてとこなんか。つまり二股外交。そして、ハンニバルはローマを陥落させることが出来なかった。これが厳粛な事実ね。
>ローマにも人材はそこそこいましたよ、準1流なのが。マルクス=クラウディウス=マルケルスなんかもそうでしょうし。
そうね。それから、ファビウス・マクシムスもそうじゃない。彼が、対ハンニバル戦は徹底的に、正面切っては戦わない。その代わり、ハンニバルが指揮を取っていない戦線は絶対に叩くって戦術を考え出したんでしょう。ある意味、スキピオ以上に彼の方がローマを救ったような気もします。
で、本論。
>補給の弱さはある程度認めます。
そもそも征服しようと攻めこんだ土地の一画しか確保できずに8年間もそこに押し込められていた、というので、ハンニバルの命運は尽きたんですよ。ハンニバルだから8年間も持ちこたえたとも言えるけど。
>次にオフ会などでお会いするときに、論文でよければ差し上げとう御座います。でも、俺が英語さっぱりなんで、ドイツ語版なんだよなあ
とってもわがままなんだけど、それを和訳して持ってきてくれるか、それが無理なほど大部なものなら要点を教えてくれないかなぁ? ねぇ、お願い。(おばさんのつぶらな瞳が見上げています)
これは メッセージ 23001 (worst_human83 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/kldabaaf_1/23114.html