「創氏改名」について>oka_jun殿
投稿者: kokusaikouhou 投稿日時: 2003/08/18 14:50 投稿番号: [2194 / 44985]
さて、評価の問題は後でご指摘頂くとして、「創氏改名」事実関係について確認させて頂ければと思います。
私の知識に過誤がある可能性があるので、識者の皆様に訂正いただければ幸甚です・・。
その1 「氏」と「姓」は別物であることについて
oka_jun殿の御投稿にあるように、朝鮮学校では「創氏改名」は「名前を奪った事」、「朝鮮人が生命以上に大切にしている先祖代々の『姓』を奪った事」であると解されているようですが、前提として先ず「創氏」について・・・。
創氏改名以前には、朝鮮人には「姓」はあっても(無い人もいた。李氏朝鮮下で「白丁」と呼ばれ差別されていた人々で、日韓併合後ある意味「勝手」に「姓」を名乗るようになった)、「氏」という概念はなかった。
朝鮮人の「姓」は、儒教的な発想で設けられたもので、元々男親系統の血族集団を示すものであり、従って婚姻しても変わらない。
この「姓」制度は、「姓不変、同姓不娶、異姓不養」の3「原則」を内容とするものであった。
これは同じ儒教文化圏にあった中国でも基本的に同じで、例えば蒋介石の妻の名前は結婚後も宋美齢である。ただし、台湾では「同姓不娶」の原則は無かった。
これに対して日本人の「氏」は、家族単位の共通の苗字であり、男女が結婚して1つの家族を作れば、共通の「氏」を名乗り、その男女の間の子供も同じ「氏」を名乗ることになる。
その2 「創氏」について
「創氏」は、このような従来朝鮮人には存在しなかった「氏」を作ったものだが、「姓」の外に新たに「氏」が新設されたのであり、「姓」の制度には影響はない。つまり「創氏」によって「姓」が廃止されたわけではなく、戸籍簿にも「姓及本貫」の記載欄があった。
つまり、「創氏」によって朝鮮人の名前は従来の姓+名ではなく、姓+氏+名、となった。
なお新設された「氏」については、「姓」そのまま使用することもでき、届出をしなければ従来の「姓」をそのまま「氏」とすることとなっていた。
このように従来の「姓」をそのまま「氏」にも用いることを「法定創氏」といい、日本人式の氏にした場合を「設定創氏」という。朝鮮半島出身の朴春琴衆議院議員、洪思翊陸軍中将等が「法定創氏」の代表例である。
つまり、洪思翊将軍の場合、元々の姓(洪)+名(思翊)が、姓(洪)+氏(洪)+名(思翊)となった、ということである。
(PS:ところで、oka_jun殿は北朝鮮籍とのことですが、北朝鮮籍の在日の方の名前は、李氏朝鮮時代と同様の姓+名なのでしょうか?それとも日本式に氏+名なのでしょうか?或いは姓+氏+名なのでしょうか?)
その3 「改名」について
次に「改名」であるが、これは設定創氏により日本人式の「氏」をつけた場合、従来の「名」が新しい「氏」と釣り合わない場合に、本人の判断で改名もできるようにした制度で、任意の制度であるために「改名」をするには手数料を取られた。
なお朝鮮人の「族譜」に名前が載るのは男だけで、女の名前は不明であることが多い。
有名なのが「明成皇后」と諡号された「閔妃」で、「閔妃」とは「閔致禄の娘である王妃」という意味に過ぎす、「閔妃」の名は不明だとのことである。
その4 「創氏改名」の根拠
以上が「創氏改名」の内容であるが、その法的根拠は昭和15年2月11日付の「朝鮮人氏名に関する件」という通達で、昭和15年2月に朝鮮総督府法務局の発行した創氏改名の解説書である「氏制度の解説 ―氏とは何か氏は如何にして定めるか―」の序文で、当時の朝鮮総督南次郎はこれは強制ではない旨説明している。
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私の理解している「創氏改名」の内容は、概ねこのようなものですが、「強制」があったかなかったか、同時に台湾で施行された「創氏改名」は2%の実施率だったのに朝鮮では約80%であったことの理由如何、等の議論に入る前に、上の事実関係のうち、どの程度のことを朝鮮学校では教えているのか、御教示頂けないでしょうか(勿論、事実そのものが違う或いは重要な事実関係が欠けているのであれば、何処がどう違うか、御教示下さればと思います)。
私の知識に過誤がある可能性があるので、識者の皆様に訂正いただければ幸甚です・・。
その1 「氏」と「姓」は別物であることについて
oka_jun殿の御投稿にあるように、朝鮮学校では「創氏改名」は「名前を奪った事」、「朝鮮人が生命以上に大切にしている先祖代々の『姓』を奪った事」であると解されているようですが、前提として先ず「創氏」について・・・。
創氏改名以前には、朝鮮人には「姓」はあっても(無い人もいた。李氏朝鮮下で「白丁」と呼ばれ差別されていた人々で、日韓併合後ある意味「勝手」に「姓」を名乗るようになった)、「氏」という概念はなかった。
朝鮮人の「姓」は、儒教的な発想で設けられたもので、元々男親系統の血族集団を示すものであり、従って婚姻しても変わらない。
この「姓」制度は、「姓不変、同姓不娶、異姓不養」の3「原則」を内容とするものであった。
これは同じ儒教文化圏にあった中国でも基本的に同じで、例えば蒋介石の妻の名前は結婚後も宋美齢である。ただし、台湾では「同姓不娶」の原則は無かった。
これに対して日本人の「氏」は、家族単位の共通の苗字であり、男女が結婚して1つの家族を作れば、共通の「氏」を名乗り、その男女の間の子供も同じ「氏」を名乗ることになる。
その2 「創氏」について
「創氏」は、このような従来朝鮮人には存在しなかった「氏」を作ったものだが、「姓」の外に新たに「氏」が新設されたのであり、「姓」の制度には影響はない。つまり「創氏」によって「姓」が廃止されたわけではなく、戸籍簿にも「姓及本貫」の記載欄があった。
つまり、「創氏」によって朝鮮人の名前は従来の姓+名ではなく、姓+氏+名、となった。
なお新設された「氏」については、「姓」そのまま使用することもでき、届出をしなければ従来の「姓」をそのまま「氏」とすることとなっていた。
このように従来の「姓」をそのまま「氏」にも用いることを「法定創氏」といい、日本人式の氏にした場合を「設定創氏」という。朝鮮半島出身の朴春琴衆議院議員、洪思翊陸軍中将等が「法定創氏」の代表例である。
つまり、洪思翊将軍の場合、元々の姓(洪)+名(思翊)が、姓(洪)+氏(洪)+名(思翊)となった、ということである。
(PS:ところで、oka_jun殿は北朝鮮籍とのことですが、北朝鮮籍の在日の方の名前は、李氏朝鮮時代と同様の姓+名なのでしょうか?それとも日本式に氏+名なのでしょうか?或いは姓+氏+名なのでしょうか?)
その3 「改名」について
次に「改名」であるが、これは設定創氏により日本人式の「氏」をつけた場合、従来の「名」が新しい「氏」と釣り合わない場合に、本人の判断で改名もできるようにした制度で、任意の制度であるために「改名」をするには手数料を取られた。
なお朝鮮人の「族譜」に名前が載るのは男だけで、女の名前は不明であることが多い。
有名なのが「明成皇后」と諡号された「閔妃」で、「閔妃」とは「閔致禄の娘である王妃」という意味に過ぎす、「閔妃」の名は不明だとのことである。
その4 「創氏改名」の根拠
以上が「創氏改名」の内容であるが、その法的根拠は昭和15年2月11日付の「朝鮮人氏名に関する件」という通達で、昭和15年2月に朝鮮総督府法務局の発行した創氏改名の解説書である「氏制度の解説 ―氏とは何か氏は如何にして定めるか―」の序文で、当時の朝鮮総督南次郎はこれは強制ではない旨説明している。
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私の理解している「創氏改名」の内容は、概ねこのようなものですが、「強制」があったかなかったか、同時に台湾で施行された「創氏改名」は2%の実施率だったのに朝鮮では約80%であったことの理由如何、等の議論に入る前に、上の事実関係のうち、どの程度のことを朝鮮学校では教えているのか、御教示頂けないでしょうか(勿論、事実そのものが違う或いは重要な事実関係が欠けているのであれば、何処がどう違うか、御教示下さればと思います)。
これは メッセージ 2193 (kokusaikouhou さん)への返信です.
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