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ヒューマンさん(ありがとう)(2)

投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/06/05 17:48 投稿番号: [19029 / 44985]
>彼らはそこで絶望するとも思います。こんなはずじゃなかった、俺はこうしたかったんだ、といった悔恨の念を抱えながら。
その意固地な思いは次第に熟成され、孤独感にとりつかれていくのだと思います。俺一人でも、俺だけでも、そういった感情が内包され沈殿し続け、最後には爆発して自分だけが正しい、という幻想=独善にとりつかれてしまうのではないでしょうか?
俺は独善家は毛虫を投げつけたくなるほど嫌いですが、かといって彼らにも何かしらの愛情を感じます。たとえその主義主張が間違っていて、その主義主張を守る手段が姑息であったとしても、仕方のないことだと思っています。彼らにはもう「それ」しかないからです。

  私は、先にジェルジンスキーについて書いたとき一つの「嘘」をつきました。彼の人生に1割の悲しさと9割の恐ろしさを感じる、と言いましたが、この恐ろしさの中には実は自分自身への恐ろしさが混ざっています。私の中の昏い部分は、実はジェルジンスキーに惹かれてもいるからなのですよ。彼の中にも、ウンベルト・エーコが言う、「たくさんの聖者たちが説いてきた事柄を、身をもって実践したばかりに、正気のさたでないことをしてしまった人間たちの物語」を感じてしまうからでしょうか。

  それでも私は、ジェルジンスキーやロベスピエールやサン・ジュストといった「堕天使ルシファーの子供たち」ヘ惹かれる自分にどこかで悲鳴を挙げています。その悲鳴を挙げることをやめたら、私は、カルヴァンをも、そして彼と対立していたカソリック側のイグナティウス・ロヨラや異端審問官の典型といわれるあのトルケマダをも認めなければならなくなってしまうような気がするから。(いいえ、ビン・ラーディンでさえも……)

  ヒューマンさんは確か、塩野七生さんが嫌いなのでしたよね。でも、ここでは彼女を持ち出すことを許してください。塩野さんは、愛の聖者といわれたアッシジのフランチェスコと、15世紀にフィレンチェでメディチ家の支配体制を覆して一時実権を握ながら結局火炙りにされたサヴォナローラとの差について、チェザーレ・ボルジアの父アレキサンドル法王に語らせています。
  私も、彼らの間には明確な差があった、しかしそれは、外側から見ればほんのわずかの差かもしれないと思うのです。抑圧された人々への激しい憐れみと火のつくような復讐心。抑圧された人々への、わき目も振らぬ愛情。それはわずかな、しかし決定的な差のような気がします。ルシファーの子達は、すべて前者の段階で終わってしまったような気がするのです。

  そしてそれは、「皇帝のものは皇帝へ、神のものは神へ返せ」という境地に達したイエス・キリストと、権力者の腐敗を弾劾して処刑された洗礼者ヨハネとの差でもあると思っています。
  キリスト教は現在衰退にむかいつつあると私は思います。それでも人類は、キリストと呼ばれることになったイエスという男のことを忘れてしまうことはないでしょう。その点について、私には確信めいたものがあったりします。

>何が言いたいのか分からん上に、ひどく抽象的な言辞になったことをお詫びします(m−−m)

  こちらこそ。
  私が書いたことが、ヒューマンさんが書いてくださったことへの誠実な答になっていればいいのですが。

  それでは。
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