カミノテさんへ(4)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/03/19 21:56 投稿番号: [15242 / 44985]
私は今、少し失望していて、哀しい気分です。
私はこれまで、カミノテさんのご質問に今後起こり得る事態への分析とその事態をもたらす心理的背景についての意見を、できるだけ冷静に語ってきたつもりです。もちろん私が行った分析ですから、私のバイアスがかかるのは当然です。ですから、矛盾点を挙げ、しかじかの点が根拠のない偏見だと逆に分析され、問い返されるのであれば、この先いくらでもお答し続けるつもりでした。
ですがカミノテさんは、私の意見や分析結果へのご意見ではなく、それを行った私の人格に対する意見を述べられましたね。その点に失望し、哀しんでいます。
>リラさんが言ってるのはタイガーマスク見た以上はサザエは見たいと思うな、でしょ。
違います。人間の人生の中では、タイガーマスクを見るかサザエさんを見るかという選択を子供でさえが突き付けられるし、それは彼らにとって『半分づつ見ればいい』では解決しない、非常に厳しい状況なのだということです。そして、たとえそれが嫌でも、苦しくても、彼らは選択を「行わざるを得ない」のです。それ以外に、彼らに逃げ場はないのです。それが現実だと受け入れることで、彼らは一歩一歩大人になっていくのです。
だからこそ彼らは、自分が見たい番組を見れるように毎週努力を行うのです。つかみ合いに勝てるように練習したり、ウソ泣きの技術を磨いたり、キャスティングボードを握った最後のきょうだいを自分の側に引き入れようとしたり……その努力に対していつまでも「どっちも大事だから」という理想は、当事者意識の放棄だと見なされるいう状況を説明したかったのです。
>リラさんはじめ平均的な日本人は、もしもの時に敵となりそうな朝鮮人を前もって知ってなきゃ、
気持ち悪いし、イライラするんですね。
それも違います。
敵であれ味方であれ、緊迫した状況下でその人が(朝鮮人ではありません。目の前のその人です)「当事者」になってくれる気があるかどうか、その覚悟を示してほしいのです。緊迫した状況下では、自分はいつ被害者になるかもしれないし、加害者になるかもしれないのです。その時、敵であったとしても「当事者」ならば、少なくとも「高みの見物」の位置から眺め下ろされることだけはないからこそ、起こっている事態の中に入ってきてほしいのです。緊迫した状況になるまで親しくしてきた人であるからこそ、です。
>僕も将来的には、日本にロイヤリティを置くようになっていくと思いますが、今はどっちかと言うと
朝鮮民族の方ですよ。なので、リラさんは僕の敵になりますね。でも、敵でも、もしリラさんが川で
溺れそうになってたら僕はなんの躊躇いもなく、助けますよ。リラさんは僕を助けてくれますか?
大変申し訳ありませんが、あまりにも使い古された例なので、自分の中にその状況になった時の切迫感が生まれません。もう少しカミノテさんご自身の言葉で考案された例を挙げてくだされば、誠実にお答えしたいと思います。
>何年か前の新大久保駅の人身事故憶えてますか?
覚えております。そして、自分の身を犠牲にして他人を助けてくださったあのかたがたに、深い敬意を感じております。また、韓国人のかたには婚約者がおられたと後に知りました。そのかたの哀しみが簡単に癒えるとは思いませんが、それでも新しい人生にむけて立ち直ってくださるよう、心から祈っております。
続きます。
私はこれまで、カミノテさんのご質問に今後起こり得る事態への分析とその事態をもたらす心理的背景についての意見を、できるだけ冷静に語ってきたつもりです。もちろん私が行った分析ですから、私のバイアスがかかるのは当然です。ですから、矛盾点を挙げ、しかじかの点が根拠のない偏見だと逆に分析され、問い返されるのであれば、この先いくらでもお答し続けるつもりでした。
ですがカミノテさんは、私の意見や分析結果へのご意見ではなく、それを行った私の人格に対する意見を述べられましたね。その点に失望し、哀しんでいます。
>リラさんが言ってるのはタイガーマスク見た以上はサザエは見たいと思うな、でしょ。
違います。人間の人生の中では、タイガーマスクを見るかサザエさんを見るかという選択を子供でさえが突き付けられるし、それは彼らにとって『半分づつ見ればいい』では解決しない、非常に厳しい状況なのだということです。そして、たとえそれが嫌でも、苦しくても、彼らは選択を「行わざるを得ない」のです。それ以外に、彼らに逃げ場はないのです。それが現実だと受け入れることで、彼らは一歩一歩大人になっていくのです。
だからこそ彼らは、自分が見たい番組を見れるように毎週努力を行うのです。つかみ合いに勝てるように練習したり、ウソ泣きの技術を磨いたり、キャスティングボードを握った最後のきょうだいを自分の側に引き入れようとしたり……その努力に対していつまでも「どっちも大事だから」という理想は、当事者意識の放棄だと見なされるいう状況を説明したかったのです。
>リラさんはじめ平均的な日本人は、もしもの時に敵となりそうな朝鮮人を前もって知ってなきゃ、
気持ち悪いし、イライラするんですね。
それも違います。
敵であれ味方であれ、緊迫した状況下でその人が(朝鮮人ではありません。目の前のその人です)「当事者」になってくれる気があるかどうか、その覚悟を示してほしいのです。緊迫した状況下では、自分はいつ被害者になるかもしれないし、加害者になるかもしれないのです。その時、敵であったとしても「当事者」ならば、少なくとも「高みの見物」の位置から眺め下ろされることだけはないからこそ、起こっている事態の中に入ってきてほしいのです。緊迫した状況になるまで親しくしてきた人であるからこそ、です。
>僕も将来的には、日本にロイヤリティを置くようになっていくと思いますが、今はどっちかと言うと
朝鮮民族の方ですよ。なので、リラさんは僕の敵になりますね。でも、敵でも、もしリラさんが川で
溺れそうになってたら僕はなんの躊躇いもなく、助けますよ。リラさんは僕を助けてくれますか?
大変申し訳ありませんが、あまりにも使い古された例なので、自分の中にその状況になった時の切迫感が生まれません。もう少しカミノテさんご自身の言葉で考案された例を挙げてくだされば、誠実にお答えしたいと思います。
>何年か前の新大久保駅の人身事故憶えてますか?
覚えております。そして、自分の身を犠牲にして他人を助けてくださったあのかたがたに、深い敬意を感じております。また、韓国人のかたには婚約者がおられたと後に知りました。そのかたの哀しみが簡単に癒えるとは思いませんが、それでも新しい人生にむけて立ち直ってくださるよう、心から祈っております。
続きます。
これは メッセージ 15171 (kaminote1976 さん)への返信です.
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