北朝鮮

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NO6

投稿者: ayaya5001 投稿日時: 2004/03/13 21:51 投稿番号: [14931 / 44985]
年度
採用数
応募数
倍率

昭和13年
406人
2,946人
7.7

昭和14年
613人
12,348人
20.1

昭和15年
3,060人
84,443人
27.6

昭和16年
3,208人
144,743人
45.1

昭和17年
4,077人
254,273人
62.4

昭和18年
6,300人
303,394人
48.2






そして昭和19年4月には朝鮮人に徴兵制度が実施されましたが、実際に徴兵された朝鮮人軍人・軍属は24万2341人、うち戦死者は2万2182人という数字が残っています。

徴兵制実施以前の志願兵の採用数は1万7664人ですが、注目すべきは志願者数でしょう。厳しい倍率にもかかわらず延べ80万2147人もの青年が志願しているのです。戦時中の応募者数も、徴兵制実施後に実際に徴兵された24万2341人を上回っていたということは、いったい何を物語っているのでしょうか。

韓国では、この志願制も事実上の徴兵制だったと主張していますが、本当に強制だったとしたら、これほどの「入りにくい」高い倍率をどう考えればいいのでしょうか。どう考えても、郷土や家族を守ろうと、自分の意志で日本軍兵士として戦地に赴いた青年が多かったとしか思えません。

「強制連行」という名で呼ばれる徴用の問題が起きたのは、戦争末期の2年間のことです。アメリカとの戦争が始まって「内鮮一体」政策が急速に進み、朝鮮人もさまざまな形で戦時体制に協力させられていったことは確かです。しかしそれは、アメリカとの戦争という異常事態を迎えて起きたことで、平和時の朝鮮統治下ではそんなことはけっしてありませんでした。そこのところをきちんと区別して考えなくてはなりません。

そうであるのに、戦後の韓国では、戦争末期の2〜3年のできごとをもって、それがあたかも日本による朝鮮統治のすべてであったかのように語られているのです。

たしかに戦争当時は、日本人も韓国人も戦時体制を支えるために、炭坑や工場で稼働させる労働力としてたくさんの人々が徴用されました。これは最初から強制だったのではなく、男子労働者については昭和14年9月から一般募集が始まり、昭和17年3月から官斡旋となり、昭和19年3月から徴用という具合に、しだいに強制性が強まっていったものです。

募集や官斡旋では行くか行かないかは本人の自由でしたが、徴用では徴用令書によって指定された日時に指定された場所に集合することが命じられました。これを拒否したり逃亡した場合には、国家総動員法違反として逮捕され、処罰の対象になりました。罰則は1年以下の懲役で、日本人・韓国人の区別なく適用されました。実際には、一、二度の拒否で逮捕されるようなことはなく、何度も拒否した者を逮捕したようです。

そういうわけですから、日本の教科書の一部にあるように、警官や軍隊が武力をもって追い立てるようにトラックに乗せて連れ去ったとか、手錠をはめて連れ去ったとかなどの事実があったわけではありません。少なくても私の聞き書きではそんな状況を見たことがある、聞いたことがあるといった人は一人もいませんでした。

もちろん徴用に対する強固な抵抗運動などもまったくありませんでした。ですから、韓国人も日本人も、いやだけれども戦時だから仕方なく従った。というのが大方のところだと思います。

一部の知識人たちは遠く離れた国外で抵抗運動を続けましたが、国内にいた民衆は戦時下の徴用にすら抵抗運動を展開することはありませんでした。では、国外で抵抗運動をしていた知識人は賢くて勇敢で、国内で実際に生活していた民衆は愚かでだらしない人々だったというのでしょうか。そんなばかな話はないのです。


勝手に続けて投稿、反感もたれたらごめんなさい

これからは韓国では自由な意見がさらにむずかしくなるのでしょか?
こうした問題は
なかよくがんばろう!では   前進できないのが   ふ   し   ぎ

日本人も在日の人も   朝鮮の人も多くの反日の様子を目のあたりにするまで、
真剣に考えなくてはいけない問題と考え
辛くもどかしく時が過ぎる   情けないなぁ
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