ぱあと4
投稿者: worst_human83 投稿日時: 2004/03/05 23:19 投稿番号: [14506 / 44985]
この時点で、間違いなく秀吉が立つでしょう。九州での日本軍の敗退、海上封鎖のため、正確な情報も入ってこない・・・何事も自分で確かめなければ気のすまない秀吉の性格、何事も大事にして自分の煌びやかさを協調する秀吉の性格からすれば、確実に立つはずです。
秀吉は間違いなく全国に動員令を発し、九州に向けて進軍するでしょう。流血を好まない秀吉の性格からすれば、恐らく下関に布陣し、8割ほどが集結するまでは戦闘を起こしません(局地的な戦闘は起こる)。
その間も九州の諸大名は福岡を陥落せしめた朝鮮軍に対し、猛攻を続けるでしょう。秀吉の動員令が発せられる前には、隣国大名の小西、加藤軍が、動員令発令後は九州諸大名がこぞって朝鮮軍と争います。
ここで、肝心なのは、秀吉が動員令を発する前に、加藤、小西軍を完膚なきまでに叩いておく事です。九州の諸大名への見せしめと、その後の軍事行動を楽にするためには、これは最優先事項です。
かといっても、精強をもって謳われた加藤軍、容易に打ち破れるものではありません。ここで、以前に収集した情報が生きてくるわけです。
加藤軍と小西軍があまり仲良くないのを利用し、流言浮説をばら撒き、互いに不信の目を向けさせ、お互いの向背を気にさせます。一度動揺した軍というのはもろいもので、戦場でも、登用した日本人浪人を使ってしきりと「小西軍裏切り」「加藤軍が撤退」を連呼させれば、打ち破ることは可能です。真田幸村も、大阪夏の陣の時に、配下の草を使い、戦場に混乱を巻き起こしました。情報伝達が、今とは比べ物にならないほどの昔です。
確実に成功するでしょう。仲が悪い、という下地もあることだし。
そうすれば、秀吉が動員令を発して、九州諸大名また毛利軍が攻めてきても、朝鮮軍は戦いを有利に進められるはずです。ましてや、朝鮮軍を破っても、日本軍が得る土地は一寸もないわけで、自然日本軍の大半は「適当に済ませよう」的な意識を持った将士が多いはずです。当時の大名は土地を安堵してくれるものにつく、という大原則があったため、あまり無益な戦いは好まなかったし、戦国時代直後のことならばなおさらです。
秀吉は間違いなく全国に動員令を発し、九州に向けて進軍するでしょう。流血を好まない秀吉の性格からすれば、恐らく下関に布陣し、8割ほどが集結するまでは戦闘を起こしません(局地的な戦闘は起こる)。
その間も九州の諸大名は福岡を陥落せしめた朝鮮軍に対し、猛攻を続けるでしょう。秀吉の動員令が発せられる前には、隣国大名の小西、加藤軍が、動員令発令後は九州諸大名がこぞって朝鮮軍と争います。
ここで、肝心なのは、秀吉が動員令を発する前に、加藤、小西軍を完膚なきまでに叩いておく事です。九州の諸大名への見せしめと、その後の軍事行動を楽にするためには、これは最優先事項です。
かといっても、精強をもって謳われた加藤軍、容易に打ち破れるものではありません。ここで、以前に収集した情報が生きてくるわけです。
加藤軍と小西軍があまり仲良くないのを利用し、流言浮説をばら撒き、互いに不信の目を向けさせ、お互いの向背を気にさせます。一度動揺した軍というのはもろいもので、戦場でも、登用した日本人浪人を使ってしきりと「小西軍裏切り」「加藤軍が撤退」を連呼させれば、打ち破ることは可能です。真田幸村も、大阪夏の陣の時に、配下の草を使い、戦場に混乱を巻き起こしました。情報伝達が、今とは比べ物にならないほどの昔です。
確実に成功するでしょう。仲が悪い、という下地もあることだし。
そうすれば、秀吉が動員令を発して、九州諸大名また毛利軍が攻めてきても、朝鮮軍は戦いを有利に進められるはずです。ましてや、朝鮮軍を破っても、日本軍が得る土地は一寸もないわけで、自然日本軍の大半は「適当に済ませよう」的な意識を持った将士が多いはずです。当時の大名は土地を安堵してくれるものにつく、という大原則があったため、あまり無益な戦いは好まなかったし、戦国時代直後のことならばなおさらです。
これは メッセージ 14505 (worst_human83 さん)への返信です.
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