ぱあと3
投稿者: worst_human83 投稿日時: 2004/03/05 23:19 投稿番号: [14505 / 44985]
それらの対外対内工作が終わったら、いよいよ開戦。
最初に上陸部隊の5万を対馬に派遣し、威圧外交によって、宗氏の恭順を取り付けます。それまでに工作員が民衆の支持を取り付けとけば、比較的楽でしょう。
それに、元来、宗氏は朝鮮貿易で利益を得、また秀吉に封地された大名でなく、地付きの大名であるという事から、さほど秀吉政権には忠誠をもっていません。
恐らく、今まで以上の貿易利益、土地の安堵を約すれば、無血開城は可能でしょう。
占領すれば、そのまま上陸軍全軍を対馬に上陸させ、その内の8万ほどを率いて豊前を急襲します。その間、本土と九州との連携を断つために、男島、女島、藍島、六連島、蓋井島を残りの2万で占拠、蓋井島以外は、当時無人島だったので、容易なはず。蓋井島も、毛利の兵が10〜20くらいしかいなかったので、苦労はしないでしょう。そこに海鎖部隊を進駐させ、関門海峡を封鎖します。
海上封鎖が進んだら、兵站も無事であり、陸上部隊も安心して戦闘を続けられます。
海鎖を進めている間に、豊前での戦闘は続くでしょう。ここでの戦闘方法は、戦争の大原則、二頭波頭戦法ですね。日本軍の巧緻な作戦の前には、大部隊により、圧倒的物量で押し流すしかありません。
福岡陥落後は、「犯さず、侵さず、何も盗らず」の原則を書いた立て札を領地の全てに立て、人心を掌握します。
これは メッセージ 14504 (worst_human83 さん)への返信です.
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