北朝鮮

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横レス失礼

投稿者: worst_human83 投稿日時: 2004/03/04 22:54 投稿番号: [14429 / 44985]
まあ、李舜臣も朝鮮独立運動の時に、やっとこさ思い出されたような人なんだけどね。
いや、大した人物じゃなかったってことじゃなく、朝鮮では著名ではなかった、という意味。
日本軍が逆に教えたくらいだし。東郷平八郎が、旅順艦隊との戦闘の前に、李舜臣に祈ったのは有名な話ですね。李舜臣の精神は日本の武士道に受け継がれた。
やはり文民主義の李氏朝鮮では、武官を軽蔑するような風潮があったってことですかね。


それにしても、日本にこのとき鉄甲船が残ってたら、日本が優勢になったかもしれない。


前に信州大学と大邱大学校の教授が共同研究した「日本と朝鮮の隠された歴史フォーラム」で聞きましたが、金忠善の本名は阿蘇惟清。阿蘇の大宮司、阿蘇惟将の次男、父の大友合併(吸収される)案に猛反対し、出奔。跡継ぎの地位を失う。後加藤清正に仕え、朝鮮戦争の折、自分の処遇に不満を持っていた惟清は、石田三成・小西行長らが派遣した軍監に、加藤清正のことを悪し様に言い。そのことが清正にばれて、勘気を蒙る前に、秘密文書と共に朝鮮軍へと身を投じた。朝鮮の履歴では、彼自身も司令官として獅子奮迅の戦をした・・・みたいなことを書かれているが、実際は日本軍の事情通として扱われ、前線での仕事はなく、後方において助言を与えるほどだったという。大戦争経験がなかったため仕方なかったのかもしれない。
鉄砲を伝えたのは確かだが、実数は30丁程。裏切ったのは惟清一人。陸の金忠善、海の李舜臣、と並び称されるようになったのは、後世の李氏朝鮮の史家が作ったもの、戦争が兵の数の犠牲で勝敗が決まるならば、日本軍の圧倒的勝利。そんなことは書けないから、日本軍を「見限った」武将を英雄視することで、侮日感情を保ったという。
しかし、彼が朝鮮にもたらした日本の情報は大いに朝鮮を喜ばせ、後に家康が貿易を再び行おうとした時に、日本と国交を結ぶかどうか迷っていた李氏朝鮮ロビーに、惟清が鶴の一声を上げ、貿易再開を決めたらしい。

なお、朝鮮軍から日本軍に寝返ったものも数多く、鬼石曼子と呼ばれた島津義弘、加藤清正、伊達政宗などらは多数の朝鮮人を味方にし、戦争終結後も個人の意志に任せ、日本に来るものには階級を、朝鮮に残るものには金と米をやったという。
今でも残る薩摩焼きは、朝鮮人が伝えた技術なのは有名ですなあ。

こんな感じのことを喋っとった。

なお沙也可というのは、惟清の幼名です。
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