yotaro47jさんへ
投稿者: pas_maljp 投稿日時: 2004/01/25 16:31 投稿番号: [12374 / 44985]
>教科書ごときで子供の心は傷つきますか
教科書は教育の「基準」ですからね。
私の頃は「自虐史観」もそれほど酷くなかったはずなのですが、キリスト教系と言う事で、頻繁に「南京の(捏造)写真」なんか見せられましたね。
私は画像に関する記憶力がかなり良かったせいもあってしっかり覚えていました。
後年小林よしのり氏の「戦争論」で「その記憶に残っている写真そのものズバリ」が捏造であると知った時は本当にショックでしたね。
それまで韓国などからの留学生と歴史問題で話したりする機会もあったのに、やっぱりこちらがとにかく相手をたてるべきなんじゃないかという気持ちにさせられていましたからね。
あの「遠慮」は一体なんだったのかと。
この国際競争の時代に「相手の国によって一歩引く」ような気持ちにさせる教育は根本的に間違っていますよ。
日本の国際競争力を低下させるだけです。
実際貿易関連などでは契約内容を協議する際に、やんわりと「歴史問題についての不満を臭わせる」なんて事をやられた話は珍しくもないのですから。
私は、在日や韓国人が歴史に関して言いたい事があるなら「言い返せる知識のない子供」にではなく老人ホームで老人に向かって言って欲しいと「本当に」思う。
お互い当時を知る同士で言い合って欲しいのだ。
うちの祖母なんて「戦争中近所に引っ越してきた朝鮮人に頼まれてレース編みを教えた」なんて事を言っている。
「レース編み」である・・・
年寄りの話を聞いているうちに私の「戦中・戦後の朝鮮人のイメージ」はどんどん変わっていく。
私の周りの年寄りなどは、言われっぱなしでなく、それなりに当時の日本を弁護する事ができそうなくらい記憶も気力もピンシャンしているのだ。
老人ホームゃディケアセンターにもそういう人は多いのではないだろうか。
「戦後苦労してこられた方々」と言う訳で私達戦後世代は戦中派の多額の年金を支えてきた。
けれど私は戦中派は「戦後」に報いてもらう前に「戦中」のけりをつけて欲しいと思う。
罪を認めて年金を返上し賠償に当てても良い、賠償は終わったと主張しても良い、賠償するいわれはないと言っても良い。
とにかく「戦中派」には「戦前」「戦中」「戦後」を実際に知るものとして「けり」をつけてから死んでいって欲しいのである。
それをする体力があるうちに声をあげて欲しいのである。
その気概も気力も能力もお持ちの方は大勢いると考えるから。
>巴御前
別に良いですよ。嫌いなキャラじゃないし。
>教育ママになりそうですね。
それはかなりあり得ません。
共通一次世代としては私程「学問」をやらないで大学には行った人間は少数派でしょうから。
中高一貫教育で、中学時代は進学の心配もせず読書と同人誌作りに夢中になり、高校に進学して、進路を具体的に思い描く様になるとすっぱり勉強に見切りをつけて大学入試の為の「実技試験準備」に必死になった。
日に5-12時間実技をやっていたのですから学科成績なんて押して知るべし、出席日数もギリギリまで減らして実技教室に行っていましたね。
そんな訳でとても子供に勉強しろなどと言える身分ではありません。
周りが大笑いします。
心配があるとしたらNHK朝ドラの照子ママのようになることくらいでしょうね。
ちなみに私が進学した大学はかの「朝鮮大学校」の塀一つ隣。
大量の野良猫が2つの学校の間を行ったり来たりしていました。
教科書は教育の「基準」ですからね。
私の頃は「自虐史観」もそれほど酷くなかったはずなのですが、キリスト教系と言う事で、頻繁に「南京の(捏造)写真」なんか見せられましたね。
私は画像に関する記憶力がかなり良かったせいもあってしっかり覚えていました。
後年小林よしのり氏の「戦争論」で「その記憶に残っている写真そのものズバリ」が捏造であると知った時は本当にショックでしたね。
それまで韓国などからの留学生と歴史問題で話したりする機会もあったのに、やっぱりこちらがとにかく相手をたてるべきなんじゃないかという気持ちにさせられていましたからね。
あの「遠慮」は一体なんだったのかと。
この国際競争の時代に「相手の国によって一歩引く」ような気持ちにさせる教育は根本的に間違っていますよ。
日本の国際競争力を低下させるだけです。
実際貿易関連などでは契約内容を協議する際に、やんわりと「歴史問題についての不満を臭わせる」なんて事をやられた話は珍しくもないのですから。
私は、在日や韓国人が歴史に関して言いたい事があるなら「言い返せる知識のない子供」にではなく老人ホームで老人に向かって言って欲しいと「本当に」思う。
お互い当時を知る同士で言い合って欲しいのだ。
うちの祖母なんて「戦争中近所に引っ越してきた朝鮮人に頼まれてレース編みを教えた」なんて事を言っている。
「レース編み」である・・・
年寄りの話を聞いているうちに私の「戦中・戦後の朝鮮人のイメージ」はどんどん変わっていく。
私の周りの年寄りなどは、言われっぱなしでなく、それなりに当時の日本を弁護する事ができそうなくらい記憶も気力もピンシャンしているのだ。
老人ホームゃディケアセンターにもそういう人は多いのではないだろうか。
「戦後苦労してこられた方々」と言う訳で私達戦後世代は戦中派の多額の年金を支えてきた。
けれど私は戦中派は「戦後」に報いてもらう前に「戦中」のけりをつけて欲しいと思う。
罪を認めて年金を返上し賠償に当てても良い、賠償は終わったと主張しても良い、賠償するいわれはないと言っても良い。
とにかく「戦中派」には「戦前」「戦中」「戦後」を実際に知るものとして「けり」をつけてから死んでいって欲しいのである。
それをする体力があるうちに声をあげて欲しいのである。
その気概も気力も能力もお持ちの方は大勢いると考えるから。
>巴御前
別に良いですよ。嫌いなキャラじゃないし。
>教育ママになりそうですね。
それはかなりあり得ません。
共通一次世代としては私程「学問」をやらないで大学には行った人間は少数派でしょうから。
中高一貫教育で、中学時代は進学の心配もせず読書と同人誌作りに夢中になり、高校に進学して、進路を具体的に思い描く様になるとすっぱり勉強に見切りをつけて大学入試の為の「実技試験準備」に必死になった。
日に5-12時間実技をやっていたのですから学科成績なんて押して知るべし、出席日数もギリギリまで減らして実技教室に行っていましたね。
そんな訳でとても子供に勉強しろなどと言える身分ではありません。
周りが大笑いします。
心配があるとしたらNHK朝ドラの照子ママのようになることくらいでしょうね。
ちなみに私が進学した大学はかの「朝鮮大学校」の塀一つ隣。
大量の野良猫が2つの学校の間を行ったり来たりしていました。
これは メッセージ 12366 (yotaro47j さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/kldabaaf_1/12374.html