yaenanae01さん
投稿者: sunday7227 投稿日時: 2004/01/16 22:28 投稿番号: [11704 / 44985]
私は現在中国地方に住んでいます。
生まれてからそれまでは福岡県で暮らしていました。
小学6年の修学旅行は長崎でした。
今でもよく覚えています。
○○千波さんと言うバスガイドさんでした。
長崎原爆資料館では小6の私でもかなりの衝撃を受けました。
何故かしらアメリカが憎かった。
その帰りのバスでバスガイドさんに教えてもらった歌です。
「ふるさとの町焼かれ、身寄りの骨埋めし焼け土に。今は白い花咲く、あぁ許すまじ原爆を、あぁ許すまじ原爆を我らの町に」
何十年経った今でも覚えています。
「いつか広島に行ってやる」
私は自分のお給料で初めて行った旅先が広島です。
祈念館を訪れた時、横で外人さんが涙を流していました。
当時私は勝手にその人をアメリカ人だと思い込んでいたんですね。
そして心の中で「貴方に罪がある訳ではないのに」と。
原爆を落としたアメリカを憎いからと言ってアメリカ人を憎む気にはなれなかった。
その時でしょうか。。。
「罪を憎んで人を憎まず」の意味が判った様な気がしたのは・・・
以上、トピずれ原爆に対する感想です。
これは メッセージ 11694 (yaenanae01 さん)への返信です.
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