Re: tikyuu & toukyousaibann の war
投稿者: martan06 投稿日時: 2007/01/06 10:21 投稿番号: [27494 / 43252]
伊藤の発言は日本人の心情をよく顕わしていると思います。ただ信用する相手が悪すぎました。この頃はまだ伊藤は朝鮮人を充分理解していなかったのではないか、と思います。その後、伊藤は理解しようと頑張りました。
しかし伊藤は、テロリスト朝鮮人 安重根の誤解からハルビンで暗殺されます。安重根は伊藤のことを併合を強硬に推進する者だと思っていた節があります。
韓国内の一向に進まない近代化と伊藤の暗殺によって日本国内の世論は「日本と併合して速やかに近代化させよう」という方向に進みます。朝鮮半島そして日本を支配下に置こうとする帝政ロシアの脅威がどんどん迫っていたからです。
日本と韓国は国際的な手順を踏み、1910年に日韓併合となりました。この時の朝鮮の外交官の李成玉は次のように心情を語っています。
現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面を保つ事はできない。亡国は必至である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。
欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。日本人は日本流の道徳を振り回してうるさく小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして日本は朝鮮を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外に我が朝鮮民族が、豚の境遇から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/nikkanrekisi.htmlより
このように朝鮮人の中にも現実を見据える人はいました。というより多くの朝鮮の民は、今よりも豊かになればそれで良かったのです。日韓併合に猛烈に反対した者は、今までの暮らしを奪われると心配した両班などの支配層が多かったようです。
併合後日本は朝鮮半島へ多額の投資を行いました。治山治水の対策のため禿げ山に樹木を植栽し、電力需要をまかなうために当時アジアで最大級のダムを建設しました。
農地改革、戸籍改革、産業改革、電柱の設置、電車や道路のインフラ整備などあらゆる改革を朝鮮半島で実施します。洪水で農作物が取れず常に慢性飢饉の状況にあった朝鮮半島はみるみるうちに豊かな地域へと変わったのです。朝鮮人の人口も急速に増えていきます。
しかし、今まで朝鮮の民から甘い汁を吸い続けてきた両班は面白くありません。中でも日韓併合前に海外に逃亡していた李承晩は、朝鮮半島の朝鮮人学生を使い朝鮮人の独立を宣言します。しかし、このときの学生はあまり本気ではなかったようで、宣言後に朝鮮総督府に自首しました。
その後もハワイに逃げていた李承晩(後の韓国初代大統領)はあらゆる方法で日本国内の朝鮮人を操り、朝鮮半島で暴動を引き起こしました。この暴動は徐々に拡大していきます。当然に朝鮮総督府は鎮圧に乗り出します。この大正後期の頃、富山の米騒動の責任をとって辞職した寺内内閣から原敬内閣に代わりましたが、この鮮人鎮圧がもっとも重要な政策でした。
朝鮮総督府はその後も鎮圧を続けました。しかし第一次世界大戦を控え半島を含む国内の世論はまとまっていき、朝鮮人の暴動も少なくなっていきます。日本はこの大戦に勝利しました。この後から日本人と同化しようと考える朝鮮人が増えていきます。この頃(1938年頃)の朝鮮人 玄永燮の発言です。
朝鮮人は、朝鮮語を忘れてしまわなければならない。朝鮮人が日本語でものを考えた時こそ、朝鮮人が最も幸福になった時である。われわれは頭のてっぺんから足の爪先まで日本人なのである。学校で朝鮮語を教える必要は毫(ごう)もない。朝鮮人を不幸にしようとするならば、朝鮮語を永続させて、朝鮮的な低級な文化を与え、それ以上の発展を阻止することである。
しかし伊藤は、テロリスト朝鮮人 安重根の誤解からハルビンで暗殺されます。安重根は伊藤のことを併合を強硬に推進する者だと思っていた節があります。
韓国内の一向に進まない近代化と伊藤の暗殺によって日本国内の世論は「日本と併合して速やかに近代化させよう」という方向に進みます。朝鮮半島そして日本を支配下に置こうとする帝政ロシアの脅威がどんどん迫っていたからです。
日本と韓国は国際的な手順を踏み、1910年に日韓併合となりました。この時の朝鮮の外交官の李成玉は次のように心情を語っています。
現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面を保つ事はできない。亡国は必至である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。
欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。日本人は日本流の道徳を振り回してうるさく小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして日本は朝鮮を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外に我が朝鮮民族が、豚の境遇から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/nikkanrekisi.htmlより
このように朝鮮人の中にも現実を見据える人はいました。というより多くの朝鮮の民は、今よりも豊かになればそれで良かったのです。日韓併合に猛烈に反対した者は、今までの暮らしを奪われると心配した両班などの支配層が多かったようです。
併合後日本は朝鮮半島へ多額の投資を行いました。治山治水の対策のため禿げ山に樹木を植栽し、電力需要をまかなうために当時アジアで最大級のダムを建設しました。
農地改革、戸籍改革、産業改革、電柱の設置、電車や道路のインフラ整備などあらゆる改革を朝鮮半島で実施します。洪水で農作物が取れず常に慢性飢饉の状況にあった朝鮮半島はみるみるうちに豊かな地域へと変わったのです。朝鮮人の人口も急速に増えていきます。
しかし、今まで朝鮮の民から甘い汁を吸い続けてきた両班は面白くありません。中でも日韓併合前に海外に逃亡していた李承晩は、朝鮮半島の朝鮮人学生を使い朝鮮人の独立を宣言します。しかし、このときの学生はあまり本気ではなかったようで、宣言後に朝鮮総督府に自首しました。
その後もハワイに逃げていた李承晩(後の韓国初代大統領)はあらゆる方法で日本国内の朝鮮人を操り、朝鮮半島で暴動を引き起こしました。この暴動は徐々に拡大していきます。当然に朝鮮総督府は鎮圧に乗り出します。この大正後期の頃、富山の米騒動の責任をとって辞職した寺内内閣から原敬内閣に代わりましたが、この鮮人鎮圧がもっとも重要な政策でした。
朝鮮総督府はその後も鎮圧を続けました。しかし第一次世界大戦を控え半島を含む国内の世論はまとまっていき、朝鮮人の暴動も少なくなっていきます。日本はこの大戦に勝利しました。この後から日本人と同化しようと考える朝鮮人が増えていきます。この頃(1938年頃)の朝鮮人 玄永燮の発言です。
朝鮮人は、朝鮮語を忘れてしまわなければならない。朝鮮人が日本語でものを考えた時こそ、朝鮮人が最も幸福になった時である。われわれは頭のてっぺんから足の爪先まで日本人なのである。学校で朝鮮語を教える必要は毫(ごう)もない。朝鮮人を不幸にしようとするならば、朝鮮語を永続させて、朝鮮的な低級な文化を与え、それ以上の発展を阻止することである。
これは メッセージ 27492 (martan06 さん)への返信です.
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