☆ 原爆投下の真実! 6
投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:34 投稿番号: [63636 / 85019]
人権擁護法案は、危険!
外国人参政権反対)
国会議員リスト 人権擁護法推進派・反対派
http://nullpo.2log.net/home/yabai/archives/blog/giinlist1/
これで、確認して下さい。
●大戦中、「マンハッタン計画」に参加したフェルト博士も次のように述べている。
「何といっても、最初の原爆投下はある意味では、わき目もふらずにあれほど強く専念してやったことが成就したものであった。
しかし、2発目(長崎)の原爆によって我々は『一体どうなってしまっているのか。こんなことを放っておいてよいのか』と疑いを持った……」
●なぜ2発目が時間を置かずに相次いだのか?
これも原爆投下は誰が、いつ、何の動機で決定したかの問題である。
当時、トルーマン大統領は、実は日本が降伏しようとしまいと、あまり関心はなかった。だからこそポツダム宣言を発表して日本に降伏勧告はしたものの『原子爆弾を使うぞ』とも言わず、また宣言から『天皇制は存続させてもよい』保障を削ってしまった。
したがって、ポツダム宣言が日本政府に〈黙殺〉されたからヒロシマ攻撃を発令したのではない。また、ヒロシマがやられてもまだ降伏しないからナガサキを攻撃せよ、と命令したのでもない。その証拠は存在しない。
当時、原爆開発の司令官だったレズリー・グローブス陸軍少将は、日本が早く降参しないようにと祈っていた。同時に早く原爆が出来るようにと祈っていた。
1945年6月と7月、『急げ! 金も手間も材料も惜しむな! とにかく急げ!』の厳命がマンハッタン機構の隅々にまで走っていた。これについての証言は、いくらでもある。
●8時15分の前に、爆撃機は広島市上空を旋回し、警戒警報を出させ、その後いったん飛び去り、警報が解除されて市民が安堵感から防空壕や家から外に出てきた頃合いを見計らって、直ちに「反転」して広島市上空に戻り、原爆を投下したという。
……すなわち、私は爆撃機がいったん広島上空を飛んで警戒警報を出させ、ついで飛び去り、警報が解除になり人々が防空壕から出て、リラックスしたその瞬間を狙って爆弾を炸裂させた。
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これで、確認して下さい。
●大戦中、「マンハッタン計画」に参加したフェルト博士も次のように述べている。
「何といっても、最初の原爆投下はある意味では、わき目もふらずにあれほど強く専念してやったことが成就したものであった。
しかし、2発目(長崎)の原爆によって我々は『一体どうなってしまっているのか。こんなことを放っておいてよいのか』と疑いを持った……」
●なぜ2発目が時間を置かずに相次いだのか?
これも原爆投下は誰が、いつ、何の動機で決定したかの問題である。
当時、トルーマン大統領は、実は日本が降伏しようとしまいと、あまり関心はなかった。だからこそポツダム宣言を発表して日本に降伏勧告はしたものの『原子爆弾を使うぞ』とも言わず、また宣言から『天皇制は存続させてもよい』保障を削ってしまった。
したがって、ポツダム宣言が日本政府に〈黙殺〉されたからヒロシマ攻撃を発令したのではない。また、ヒロシマがやられてもまだ降伏しないからナガサキを攻撃せよ、と命令したのでもない。その証拠は存在しない。
当時、原爆開発の司令官だったレズリー・グローブス陸軍少将は、日本が早く降参しないようにと祈っていた。同時に早く原爆が出来るようにと祈っていた。
1945年6月と7月、『急げ! 金も手間も材料も惜しむな! とにかく急げ!』の厳命がマンハッタン機構の隅々にまで走っていた。これについての証言は、いくらでもある。
●8時15分の前に、爆撃機は広島市上空を旋回し、警戒警報を出させ、その後いったん飛び去り、警報が解除されて市民が安堵感から防空壕や家から外に出てきた頃合いを見計らって、直ちに「反転」して広島市上空に戻り、原爆を投下したという。
……すなわち、私は爆撃機がいったん広島上空を飛んで警戒警報を出させ、ついで飛び去り、警報が解除になり人々が防空壕から出て、リラックスしたその瞬間を狙って爆弾を炸裂させた。
これは メッセージ 63634 (red_house_0v さん)への返信です.
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