韓国

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

お邪魔しました。

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:53 投稿番号: [63640 / 85019]
おやすみなさい。

☆   原爆投下の真実! 9

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:52 投稿番号: [63639 / 85019]
●パール博士は1952年、広島の爆心地「本川小学校」講堂で開かれた「世界連邦アジア会議」で次のように述べた。

「人種問題、民族問題が未解決である間は、世界連邦は空念仏である。」
「広島、長崎に投下された原爆の口実は何であったか。日本は投下される何の理由があったか。当時すでに日本はソ連を通じて降伏の意思表示していたではないか。それにもかかわらず、この残虐な爆弾を『実験』として広島に投下した。同じ白人同士のドイツにではなくて日本にである。そこに人種的偏見はなかったか。しかもこの惨劇については、いまだ彼らの口から懺悔(ざんげ)の言葉を聞いていない。彼らの手はまだ清められていない。こんな状態でどうして彼らと平和を語ることができるか。」

●パール博士は怒りを顔にあらわして、次のように述べた。
「ここで言う『過ち』とは誰の行為をさしているのか。もちろん、日本人が日本人に謝っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか、私は疑う。
 
ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、その原爆を落した者は日本人でないことは明瞭である。落とした者が責任の所在を明らかにして   《二度と再びこの過ちは犯さぬ》   と言うならうなずける。
 
この『過ち』が、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いたものであることも明瞭だ。さらにアメリカは、ABCD包囲陣をつくり、日本を経済封鎖し、石油禁輸まで行なって挑発した上、ハルノートを突きつけてきた。アメリカこそ開戦の責任者である。」

●スミソニアンの「原爆展」が中止になってからすぐに『スミソニアンの判断』という本がアメリカで出版された。
内容は「原爆展」中止に至るまでの経過の解説と、幻の企画書全文の紹介で、残り3分の1は前出のバーンスタイン教授の長い論文が占めていた。
 
この本を編集したのは、フィリップ・ノビレという異色のアメリカ人ジャーナリストで、彼は「アメリカ政府は原爆投下について日本に謝罪すべきだ」という考えの持ち主である。

●このフィリップ・ノビレは、都市に対する無差別爆撃=「戦略爆撃」そのものが犯罪であり、広島・長崎はその極限に位置すると捉えている。
 
広島・長崎はそれが「核爆弾」だったからいけないというのではなく、東京その他の日本の都市、ドイツのドレスデン、そして広島・長崎を挟んでのベトナムのハノイ・ハイフォン・バグダッドにまでつながってくる20世紀の戦争に特有の、「戦略爆撃」の歴史の中で位置づけなければならないと言う。   
「戦略爆撃、すなわち都市に対する無差別爆撃は悪魔的で残酷な行為であり、ローマ教皇も『無差別爆撃は神に対する犯罪である』と言っている。多くのアメリカ人は都市爆撃そのものがすでに間違いだったということに気付いていない。   〈中略〉   爆撃する側も払うコストが大きく、ヨーロッパではアメリカ軍の戦死者の10人に1人が飛行士だった。いずれにせよ、アメリカ人が、われわれは善人であいつらは悪人だと考えているうちは、真実の全体像は浮かんでこない。
 
わが国は、日本とドイツの戦争犯罪人を裁判にかけて絞首刑にしたわけだが、同時に自分自身も罰すべきなのだ。善意に満ちたアメリカ人が日本人と協力して、トルーマン大統領やチャーチル首相の戦争当時の意思決定や行動について徹底的に調査して、彼らを戦争犯罪人として裁く法廷を開くべきだ。」         

             (以上)

☆   原爆投下の真実! 8

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:51 投稿番号: [63638 / 85019]
   ごめんなさいね。gogai3000さん。途中で終わると意味ないから。

●アメリカの戦略立案に深く関わったアルバート・ウェデマイヤー大将は、戦後に出した『回想録』の中で、こう記している。

「1945年初頭の諜報と日本諸都市の爆撃結果についての写真を判読すれば、東アジアにおける戦争の終結は、あと何週間かの問題であることがわかった。
……それなのにアメリカは、この事実を見て見ぬふりをし、最後の勝利を求めてソ連を戦争に引き入れた。

アメリカの情報当局者は、日本に対して原爆を使用しないよう、またソ連に参戦の機会を与えないよう、アメリカ政府に対し勧告すべきであった。
われわれは暗号解読によって、日本の天皇がモスクワ駐在の日本大使に対し、停戦を実現するためアメリカとの調停者となるよう、ソ連に要請する訓令を出したことを知っていた。
……アメリカは1945年の初め、連合国が無条件降伏を主張しないならば、日本には終戦の用意のあることを実際に知っていた。」

●当時の状況をもっともよく知るアメリカ人エリートの一人であるハミルトン・フィッシュ(元下院議員)も、著書『日米・開戦の悲劇 ─ 誰が第二次大戦を招いたのか』の中で、次のような日本を擁護する言葉を残している。
 
「アメリカ国民の85%は、第二次世界大戦はもとより、いかなる外国における戦争に対しても米軍を派遣することに反対していたという現実にも関わらず、ルーズベルトは、欧州戦争の開始当初から、米国は同戦争に参戦すべきであると確信していた。この大戦は、結果として、30万人の死亡者と70万人の負傷者、そして5000億ドルの出費を米国にもたらしたのである。       〈中略〉
日本はフィリピンおよびその他のいかなる米国の領土に対しても、野心を有していなかった。しかしながら、ひとつの国家として、日本はその工業、商業航行および海軍のための石油なしに存立できなかった。
 
非常な平和愛好家である首相の近衛公爵は、ワシントンかホノルルに来てもよいからルーズベルト大統領と会談したい、と繰り返し要望していた。彼は、戦争を避けるためには、米国側の条件に暫定協定の形で同意する意思があったが、ルーズベルトは、すでに対日戦および対独戦を行なうことを決意していたというだけの理由で、日本首相との話し合いを拒否した。
 
駐日米国大使であったジョセフ・グルーは、日本がどれだけ米国と平和的関係を保ちたいと希望していたかを承知しており、かかる首脳会談の開催を強く要請した。しかしルーズベルトおよびその側近の介入主義者たちは、策謀とごまかしとトリックを用いて、全く不必要な戦争へ我々を巻き込んだのである。」

☆   原爆投下の真実! 7

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:35 投稿番号: [63637 / 85019]
●なぜ「落下傘」か?「観測筒」は全く無用は、現在わかっている。

地上の人間の注意を喚起するためである。落下傘は現在ですら珍しい。当時とすれば尚更のことで、結構な見世物になった。かすかな爆音に気づいたヒロシマの人たちが不安を感じてその方角を見上げると、青く晴れた空にポッカリ、見たこともない落下傘が白く大きく華やかに開く。

思いがけない光景に人びとは袖を引き、他の人に声をかけ、アレヨアレヨと皆で3個の落下傘を見守った。

その背後に「原子爆弾」がツーと落ちつつあるとも知らないで……。

そしてその人たちはすべて死ぬか、目を焼き切られた。

●原爆史研究の第一人者であるバートン・バーンスタイン教授(ユダヤ人歴史学者)は
「米日共同で『原爆展』開こう」と題する記事を、朝日新聞(1995年2月8日)に寄稿している。
「展示は米日両国がお互いを人種的に排斥しあったことの実態、太平洋での戦争が著しく残虐に戦われた理由、戦時下の米国人は日本人を通常の人間以下とみなしていたことも明らかにする必要がある。」

「展示はしかし、広島、長崎の惨状や8月15日の降伏で終わってはならない。

原爆後遺症に苦しみ、時には日本の社会からさえも排除されていると感じた被爆者や、莫大な費用が投じられた戦後の危険な核軍拡競争にも視点を広げなければならない。」

●ダワー教授によれば、アメリカ側の、日本人に対するステレオタイプの典型は「猿」であり、野蛮人、劣等人間、人間以下、害虫、と続いた。それは、個性もなく次々とわいてくるものであったという。

ところがアメリカのヨーロッパでの敵は、ドイツ人自体ではなくヒトラー一派であり、ジャーナリズムも、日本軍の残虐行為については盛んに報道したという。
●ダワー教授は、このような相手を人間以下とみなす発想は、日本人に対して初めてではなく、歴史上繰り返してきた非白人に対する蔑視、具体的にはインディアンと黒人に投げつけてきた表現が噴出したものにすぎないとしている。

☆   原爆投下の真実! 6

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:34 投稿番号: [63636 / 85019]
人権擁護法案は、危険!    外国人参政権反対)
国会議員リスト 人権擁護法推進派・反対派
http://nullpo.2log.net/home/yabai/archives/blog/giinlist1/
これで、確認して下さい。

●大戦中、「マンハッタン計画」に参加したフェルト博士も次のように述べている。
「何といっても、最初の原爆投下はある意味では、わき目もふらずにあれほど強く専念してやったことが成就したものであった。
  しかし、2発目(長崎)の原爆によって我々は『一体どうなってしまっているのか。こんなことを放っておいてよいのか』と疑いを持った……」
●なぜ2発目が時間を置かずに相次いだのか?

これも原爆投下は誰が、いつ、何の動機で決定したかの問題である。

当時、トルーマン大統領は、実は日本が降伏しようとしまいと、あまり関心はなかった。だからこそポツダム宣言を発表して日本に降伏勧告はしたものの『原子爆弾を使うぞ』とも言わず、また宣言から『天皇制は存続させてもよい』保障を削ってしまった。

したがって、ポツダム宣言が日本政府に〈黙殺〉されたからヒロシマ攻撃を発令したのではない。また、ヒロシマがやられてもまだ降伏しないからナガサキを攻撃せよ、と命令したのでもない。その証拠は存在しない。

当時、原爆開発の司令官だったレズリー・グローブス陸軍少将は、日本が早く降参しないようにと祈っていた。同時に早く原爆が出来るようにと祈っていた。

1945年6月と7月、『急げ!   金も手間も材料も惜しむな!   とにかく急げ!』の厳命がマンハッタン機構の隅々にまで走っていた。これについての証言は、いくらでもある。
●8時15分の前に、爆撃機は広島市上空を旋回し、警戒警報を出させ、その後いったん飛び去り、警報が解除されて市民が安堵感から防空壕や家から外に出てきた頃合いを見計らって、直ちに「反転」して広島市上空に戻り、原爆を投下したという。
……すなわち、私は爆撃機がいったん広島上空を飛んで警戒警報を出させ、ついで飛び去り、警報が解除になり人々が防空壕から出て、リラックスしたその瞬間を狙って爆弾を炸裂させた。

red_house_0vさんへ

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2007/12/20 00:29 投稿番号: [63635 / 85019]
原爆投下は、幾ら挑発されたとは言え韓国トピの話題ではない。

長々としたシリーズものの「☆     原爆投下の真実!   5」で喜ぶのは、在日南北朝鮮人だけ。

もうソロソロ終わりにして頂きたくお願いする。

☆   原爆投下の真実! 5

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:19 投稿番号: [63634 / 85019]
人権擁護法案は、危険!    外国人参政権反対)
国会議員リスト 人権擁護法推進派・反対派
http://nullpo.2log.net/home/yabai/archives/blog/giinlist1/
これで、確認して下さい。

●トルーマン大統領の原爆に関する「罪」は、これだけでは終わらない。まだ大きな責任がある。1948年には「サンドストーン計画」という「原爆大量生産計画」をスタートさせたのである。そして、1949年にソ連が「原子爆弾」の開発に成功すると、トルーマン大統領は、翌年1950年に「水素爆弾」の開発にすんなりとゴーサインを出してしまった。
1954年3月1日に行なわれた「水爆」実験によって、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員23名が被爆してしまうという事件が発生したが、この時の「水爆」の名前は『ブラボー(万歳)』で、テラー博士の作品であった。
恐ろしいことに、日本人は広島・長崎に続いて核の被害にあったのである。
世界中を震撼させた「ビキニ事件」である。
●このように、トルーマン大統領は、原爆の管理と使用制限についてソ連と協定を結ぶのを拒否し、無秩序な核開発計画を進めたのである。

結局、アメリカとソ連は、トルーマン政権以降、熾烈な核軍拡競争に明け暮れ、20世紀の末までに米ソ両国は合わせて4万発以上の原爆・水爆を製造し、1700回以上の原爆・水爆実験を実施し、各地に死の灰を降らせた。
  また両国各地に点在する巨大な核施設の爆発事故・放射能漏れ、原発事故、さらには老朽化した原潜・ウラン鉱山なども住民に深刻な放射線被害を引き起こし、環境に多大な汚染をもたらしてきた。
  全く狂気の沙汰としかいいようがない。
●トルーマン大統領の「罪」は、原爆の対日投下と、戦後の無秩序な核開発だけにとどまらない。彼は、1947年の国連による「パレスチナ分割案」を強力に後押しし、国連加盟諸国へ脅しの根回しをして、イスラエル建国を実現させた元凶でもあるのだ。

「第二次世界大戦はユダヤ人にとってホロコーストの悪夢の時代であった。そのユダヤ人であるヴィクター・ロスチャイルド男爵、チャールズ・ハンブロー、ロバート・オッペンハイマーは、血のつながりを持つ一族だったのである。イギリスのロスチャイルド・ファミリーは金融王ネイサン・ロスチャイルドに源を発する一族だが、ちょうどその5世代ファミリーに、彼らが同じ血族として記録されているのである。オッペンハイマーは突然にニューメキシコ州の砂漠に現れた科学者ではなかった。

そしてここに、世界史の大きな謎がある。1989年にベルリンの壁が崩壊するまで続いた米ソの東西対立が、事実危険な対立であったか、それとも半ば両者が示し合わせた人為的な対立だったかという謎である。」
●ベトナムのある高官は以下のような告発をしている。
「……結局、一番もうかるのは、より性能のいい兵器により高い値札をつけてどんどん売りさばくことのできる“ビッグ5(国連常任理事国)”の兵器産業である。」
●ジョン・F・ケネディが大統領に就任。彼の対キューバ政策や対ソ連政策、対ベトナム政策などは、軍産複合体の利益と真っ正面から衝突した。
ケネディ暗殺の首謀者が誰なのかは知らないが、「2039年には全面的に真相を公開する」というアメリカ政府の声明は謎めいて聞こえる。
●「原爆展」の諮問委員会を務めた、スタンフォード大学の著名な歴史学者であるバートン・バーンスタイン教授は、アメリカの外交雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に「広島再考」と題した論文を寄稿し、対日戦の早期終結に向け「アメリカ指導者は原爆使用以外の道を探求しなかった」などと、日本への原爆投下に批判的な説を展開した。   アメリカ指導層が当初から市民の大量犠牲を前提にしていたと指摘。指導層や国民の戦争モラルが変質したと強調。「民間人の大量殺傷」を許す素地があったため、原爆投下を避けようとはしなかったと主張している。

●1993年6月8日、テラー博士はニューメキシコ州のロスアラモス市で開かれた原爆開発50周年の記念イベントで講演し、次のような貴重なコメントを残している。
「広島に原爆を投下するよりも、東京湾のように被害が少なくて済む場所で爆破して戦争を終結する方法もあった……」
●ちなみに、最初に原爆製造を進言したユダヤ人科学者レオ・シラードも、戦後、次のように述べていた。

「振り返ってみると、示威についての議論は示威の可能性をあまりに強調しすぎたと思う。私たちが十分議論しなかったことは日本は必ず負けるということであった。
この戦争は『政治的手段』で終わらせることができ、『軍事的手段』で終わらせる必要がなかった。」

Re: またまた、SM3"隣の芝生"記

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2007/12/20 00:00 投稿番号: [63633 / 85019]
>どうしても日本を比較対象にしたいらしが
まずは、ロシアやスペイン当たりを対象にしたらと
誰か、韓国人に教えてやってくれ?

韓国が比較対象にするのは、北朝鮮だけで十二分だと思う。幾ら背伸びしてみても、何れ朝鮮。

☆   原爆投下の真実! 4

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/19 23:58 投稿番号: [63632 / 85019]
(外国人参政権、反対!)

●ホロコーストはまさに「炎」の地獄だった。超高熱と放射線の嵐。一瞬にして数万人の一般市民が焼き殺され、この世から生命を奪われてしまった。一瞬にである。(原爆は、通常の爆弾と違って、深刻な「放射能汚染」を引き起こすのが大きな特徴である)。
●「原爆ホロコースト」に重大な責任がある人物を挙げるなら、その筆頭は、直接ゴーサインを出したトルーマン大統領だろう。
  「原爆の誕生」自体は、当時の「原子物理学」発展の流れにおいて避けられなかったとしても、原爆の「実戦使用」に関しては、彼個人の「政治的な判断」で避けようと思えば避けられたのだ。(原爆は作った人よりも使う人に問題があると思う)。
  しかし彼は、原爆を使わずに戦争を終わらせるなどとは考えもしなかった。彼は誕生したばかりの超兵器=原爆を使用したくてたまらなかった。人間のいない荒野で爆発させるのではなく、人間が密集する大都市の上で爆発させて、その破壊力を試してみたい気持ちに駆られていたのだ。人体実験をしたかったのだ。
  彼は日本から提示された降伏条件をはねつけ、日本への原爆投下を命じた。しかも無警告で。2発も。そうしたうえでその降伏条件を認めたのだった。彼は自分の行動を正当化するために、「原爆投下により100万のアメリカ兵の生命が救われた」とする「原爆神話」を積極的に広めた張本人でもある。
●広島大学の名誉教授である芝田進午氏は、原爆の対日使用は「人体実験」だったとして、1994年に次のように述べている。
「広島・長崎への原爆攻撃の目的は何だったのか。1つには戦後世界でのアメリカの覇権確立である。そしてもう1つは、原爆の効果を知るための無数の人間への『人体実験』である。
  だからこそ、占領後にアメリカ軍が行なったことは、
第1に、原爆の惨状についての報道を禁止し、『人体実験』についての情報を独占することだった。
  第2に、史上前例のない火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・長崎の医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者のケロイドの皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収することだった。
  第3に、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させることだった。たしかに、『実験動物』を治療するのでは『実験』にならない。そこでアメリカ軍は全力を尽くして被爆治療を妨害したのである。
  第4に、被爆者を『治療』せず『実験動物』のように観察するABCC(原爆障害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置することであった。加害者が被害者を観察するというその目的自体が被爆者への人権蹂躙ではなかったか。」
●広島で女学生(14歳)のときに原爆にあい、現在も原爆後遺症で苦しむ詩人の橋爪文さんは、「ABCC」(原爆傷害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)について、次のような恐ろしい事実を述べている。
  被爆者である橋爪文さんが書いた『少女・14歳の原爆体験記』(高文研)詩人の感性を持つ少女の目を通して、被爆の実相と、廃墟に生きた人々の姿が克明に描かれている。「ABCC」の実態についても触れられている。
   「私は広島の生き残りのひとりです。   〈中略〉   ここで、ひとつ触れたいことは『ABCC』についてです。『原爆傷害調査委員会』(通称ABCC)を設置して放射能の影響調査に乗り出しました。そして地を這って生きている私たち生存者を連行し、私たちの身体からなけなしの血液を採り、傷やケロイドの写真、成長期の子どもたちの乳房や体毛の発育状態、また、被爆者が死亡するとその臓器の摘出など、さまざまな調査、記録を行ないました。
  その際私たちは人間としてではなく、単なる調査研究用の物体として扱われました。治療は全く受けませんでした。そればかりでなく、アメリカはそれら調査、記録を独占するために、外部からの広島、長崎への入市を禁止し、国際的支援も妨害し、一切の原爆報道を禁止しました。日本政府もそれに協力しました。こうして私たちは内外から隔離された状態の下で、何の援護も受けず放置され、放射能被害の実験対象として調査、監視、記録をされたのでした。
  あれから50年、『ABCC』は現在、日米共同の『放射線影響研究所』となっていますが、私たちはいまも追跡調査をされています。」
  放射線の影響は、その後長期にわたってさまざまな障害を引き起こした。
体内に取り込まれた放射線が年月を経て何を引き起こすのか、
50年以上経過した現在でもまだ十分に解明されておらず、
被爆者はこれらの後障害で今なお苦しみ続けている。

現在もアメリカは被爆者たちを追跡調査している。

☆   原爆投下の真実! 3

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/19 23:57 投稿番号: [63631 / 85019]
●一般のアメリカ人に、なぜアメリカが広島と長崎に原爆を落としたのかを尋ねれば、たいていの人はこう答えるであろう。
「アメリカ軍の日本上陸により、多くの犠牲者を出すことを避けるためであった。原爆を落とさなければもっと大きな悲劇を生んでいたであろう」と。

●しかし、この言説を鵜呑みにしてはならない。「当時、原爆投下以外にも日本への本土上陸を阻止する方法があったことは識者の間ではすでに常識となっており、トルーマンも彼の顧問もそれを知っていた」という事実があるからである。これは、アメリカ原子力規制委員会の主任歴史家であるサミュエル・ウォーカーの言葉である。

●1946年実施の戦略投爆調査の結論も、「原爆が投下されなくても、またソ連が宣戦布告しなかったとしても、さらには日本上陸を考えなくとも、1945年12月31日までには確実に、そしておそらく1945年11月1日までには、日本は降伏していたであろう」として、先の歴史家サミュエル・ウォーカーと同じ結論を示している。

●1989年に公開された、陸軍省諜報部による1946年の最高機密調査では、「日本の降伏に原爆はほとんど関係がなかった」という大胆な結論が出されている。そして第二次世界大戦終結の決定的要因はソ連の宣戦布告であったとされ、アメリカの大規模な日本侵略が行なわれることはなかったであろうと記されている。

●また、スタンフォード大学の歴史家バートン・バーンスタイン教授によれば、統合参謀本部の諮問グループ、統合戦争計画委員会は当時、ソ連が宣戦布告しない場合でも、九州への上陸だけで戦争を終結できるであろうと結論づけていたのだ。

●原爆投下の決定を聞かされたアメリカ軍部の指導者の中には、嫌悪を催した者もいた。
ヨーロッパのアメリカ軍司令官アイゼンハワー将軍は、スチムソン陸軍長官から計画を報告された時のことをこう記している。
「彼の報告を聞いているうちに、暗い気持ちになった。私は彼に深い不安を伝えた。まず、日本はすでに敗北しており、原爆は全く必要ないということ、次にアメリカ人の命を救う手段として、もはや不要ともいえる兵器を使用することで国際世論に衝撃を与えることは避けるべきだと伝えた。」

アイゼンハワーの見解は「日本はできる限り体面を損なわない降伏の方法を模索している。恐ろしい兵器で日本に打撃を与える必要はもはやない」というものであったのだ。

●現在では、原爆は恐らく戦争を長引かせ、アメリカ兵の命を救うどころか、奪ったと信じる歴史家もいる。
なぜなら、国務次官ジョセフ・グルーは、1945年5月には降伏条件を変えるだけで戦争は終結すると大統領に進言しており、また大統領は原爆が完成するまで明らかにそれを引き延ばしたからである。

タフツ大学の歴史家マーティン・シャーウィンは、「トルーマン大統領がジョセフ・グルーの助言を受けていれば、アメリカ兵、日本人の犠牲者の数は大幅に削減されたことであろう」と語っている。

スチムソン陸軍長官もまた後になって、「歴史の中で、アメリカは降伏の条件を延期したことによって戦争を長引かせた」としている。

●陸軍次官補ジョン・マックロイは、1945年6月18日に開かれた「対日戦略会議」において、日本への原爆使用は「事前警告」した上で使用するべきだと主張し、
「無警告」による原爆投下に反対していた。

●アメリカ極東軍司令官だったダグラス・マッカーサーは、1961年の書簡で次のように証言している。
「私は原爆使用については相談を受けなかった。もし相談を受けていたとすれば、それは不要である、日本はすでに降伏の準備をしている、との見解を表明していたであろう。」
●海軍元帥で当時の大統領主席補佐官のウィリアム・リーヒも、1950年発行の回顧録『私はそこにいた』で原爆は不要だった、と断言している。
「この野蛮な武器を広島と長崎に投下したことは、日本との戦争でなんら重要な意味をもたなかった。日本軍はすでに敗北していたし、海上封鎖の効果と、通常兵器による爆撃の成功によって、降伏しようとしていた。
この新兵器に『爆弾』という言葉を使うのは間違いだ。
これは爆弾ではない。爆発物ではない。
恐ろしい放射能によって多数の人間を殺す『毒物』であり、爆発力によるより、放射能による死者の方が多くなる。」
●大戦末期、米軍幹部の間では、原爆を投下しなくてもいずれ日本は力尽きるという予想が大勢をしめていた。
しかし、トルーマン大統領は、ソ連の対日参戦で日本が降伏する前に、原爆という圧倒的なインパクトのある兵器を投入することで、日本にとどめを刺したのはソ連ではなく原爆、というイメージを全世界に与えようとしたのだ。

Re: 保守政権への移行歓迎 米反応

投稿者: gogai3000 投稿日時: 2007/12/19 23:55 投稿番号: [63630 / 85019]
>米紙ニューヨーク・タイムズが米政府高官の話として、
「数カ月のうちに(米韓)双方の溝は日本海ほど広がった」と報じた。

米政府の本音は「数カ月のうちに(米韓)双方の溝は太平洋ほど広がった」と言いたい所を、次期大統領に対する外交的な配慮から「日本海」に止めたのではないか。

米政府は盧武鉉の「東海」騒動は始めから完全無視している。

日本政府も李明博大統領の就任式出席で歓迎の意を表している。

>「李大統領」を好感=首相、来年2月の就任式出席へ−日本政府

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071219-00000217-jij-pol

気になるのは盧武鉉がスムーズに政権引継ぎをやるかどうかと言うこと。

>青「国民の選択を尊重、政権引継ぎに万全」

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=94015&servcode=200&sectcode=200

もう一つ金正日は4日連続で部隊視察。示威運動と体制引き締め。

>金総書記、連日の部隊視察報道

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071219-00000214-jij-int

この先、盧武鉉が国民の審判で誕生した李明博大統領に対して、有罪で立候補無効、当選無効をやるかどうか。北を巻き込んでやレナ、内乱と南北戦争になる。

☆   原爆投下の真実! 2

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/19 23:55 投稿番号: [63629 / 85019]
●「マンハッタン計画」をスタートさせたフランクリン・ルーズベルト大統領は、日本人を“劣等人種”として激しく差別していたことで知られている。一般のアメリカ人の間にも、日本人に対する人種差別意識が蔓延していた。

当時のアメリカの雑誌にはこう書かれていた。

「アメリカ人はドイツ人を憎むことを学ばなければならないが、日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。これはかつてインディアンたちと戦ったときと同様に自然なものだ。」

「普通の日本人は知性が低く、無知である。たぶん人間なのだろうが、人間であることを示すような点はどこにもない。」
「マンハッタン計画」をスタートさせた、強烈な親中反日主義者であった。

●当時、トマス・ブレーミー将軍も、こう演説していた。

「諸君らが闘っているのは奇妙な人種である。人間と猿の中間にあると言っていい。文明存続のために我々は最後まで戦いぬかねばならない。日本人を根絶しなければならない!」

●ヘンリー・スチムソン陸軍長官   日系人強制収容政策の最高責任者
彼は、セオドア・ルーズベルト大統領の時代に政権に入り、以後、1950年に死ぬまで、7人のアメリカ大統領に仕えたことで知られている。第二次世界大戦中は、「マンハッタン計画」の最高責任者を務め、広島と長崎への原爆使用を決定した。ルーズベルト大統領が急死すると、彼はトルーマン大統領の背後で、実質的にアメリカの戦争を指揮した。(トルーマンはスチムソンを全面的に信頼した)。

戦争が終わると、スチムソンは、原爆投下に対する批判を抑えるために、「原爆投下によって、戦争を早く終わらせ、100万人のアメリカ兵の生命が救われた」と発言(1947年2月)。

これが原爆使用正当化の定説となった。(「原爆神話」の誕生)。

●アインシュタイン博士は親日ユダヤ人として知られている (1922年に日本に来ている)。
1945年8月、アメリカ軍が日本に原爆を投下したニュースを聞いたとき、彼は「ああ、何ということか!」とうめいたという。

アインシュタイン博士は「マンハッタン計画」に参加しておらず、ルーズベルト大統領宛に原爆開発を促す「手紙」に署名したことを生涯の最大の過ちとして、その後の人生を平和のために捧げた。


●「マンハッタン計画」の舞台裏を語る時に、忘れてはならない人物がいる。バーナード・バルークというユダヤ人大富豪である。
「バルーク家」はラビを生み出すユダヤ人指導者のファミリーで、ロスチャイルド家と深いかかわりをもち、彼は「アグダス=イスラエル・ユニオン」というユダヤ系結社の代表を務めていた。彼は、大統領顧問を務め、ウィルソン、ハーディング、クーリッジ、フーバー、ルーズベルト、トルーマンなど、6人から絶大な信頼を寄せられた人物だった。チャーチルの親友でもあった。(バーナード・バルークは「影の大統領」と呼ばれていた)。

このように、ユダヤの大富豪であるバーナード・バルークは、第一次と第二次の2つの世界大戦で重要な役割を演じ、「原爆」と「冷戦」の誕生にも深く関与していたのである。彼は戦争によって自分の資産を増やしていた。一部の研究家の間では、バーナード・バルークは「戦争仕掛人」と呼ばれている。(バーナード・バルークは1965年に亡くなった)。

以上、見てきたように、原爆の誕生にはユダヤ人が大きく関わっている。これは否定できない事実である。

もちろん、対日使用に賛成の者もいれば、反対の者もいた。様々なユダヤ人が様々な「思惑」を抱いて関与していたのである。(念のために繰り返しておくが、当館は、「原爆の責任は全てユダヤ人にある」と主張するつもりはない)。

これら原爆に関わったユダヤ人たちに対する評価は、人によって大きく分かれると思うが、いずれにせよ、広島と長崎の悲劇は、アメリカが犯した「戦争犯罪」だったことは確かである。

☆   原爆投下の真実! 1

投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/19 23:42 投稿番号: [63628 / 85019]
「マンハッタン計画」とは、第二次世界大戦中にアメリカが極秘にスタートさせた原爆開発計画のことである。5万人にのぼる科学者・技術者を使い、総計20億ドル(7300億円)の資金が投入された。(ちなみに、1940年の日本の一般会計は60億円、1945年で220億円)。ニューメキシコ州の山奥に新設された秘密軍事研究所「ロスアラモス研究所」で、科学者たちは「原子爆弾」を完成させるべく日夜研究に没頭したのである。

●ちなみに、「マンハッタン計画」に携わったユダヤ人科学者の中で、もっとも反日強硬派だったのはフォン・ノイマンだろう。彼は日本人を蔑視し、京都を原爆の最初の血祭りにあげるべきだと主張。アメリカ軍部の一部も京都を原爆投下目標とすることを諦めず、空襲を実施しなかった。原爆投下後に原爆の影響を正確に把握するため、空襲が禁止されていたのである。京都が最後まで空襲されなかったのは、原爆投下の前に日本が降伏したからにすぎない

●レオ・シラード   ハンガリー生まれで、アメリカに亡命したユダヤ人科学者である。
彼は原爆のアイデアを思いつき、同じユダヤ人でドイツからアメリカに亡命したアインシュタインの知名度を利用して、ルーズベルト大統領宛に原爆開発を促す手紙=「アインシュタイン書簡」(1939年8月)を送ったことで有名である。この手紙がきっかけとなって、アメリカの原爆開発はスタートしたのだ。

ちなみに、シラードがアインシュタインに自分のアイデア(核連鎖反応)を話したところ、アインシュタインは「考えもしなかった」と驚いたという。アインシュタインは、シラードが手紙を持ってきてから2週間悩んだすえに、署名したのだった。

※ アインシュタインは手紙に署名しただけで、「マンハッタン計画」には参加していない。彼は、手紙に署名したことを生涯の最大の過ちとして、その後の人生を平和のために捧げた。

●ロバート・オッペンハイマー     「原爆投下は日本に警告なしに行なわれるべきだ」と反日的な強硬論を主張した人物である。彼は、最初から最後まで投下目標について日本だけを論じており、ドイツを投下目標として論じたことはなかった。

●1925年にノーベル物理学賞を受賞したジェームズ・フランク「マンハッタン計画」に携わったユダヤ人科学者である。

ドイツからアメリカに亡命した彼は、オッペンハイマーと違って、実戦使用される前から原爆の対日投下に反対していた。彼は大戦末期の1945年6月11日に、対日戦での原爆の不使用を強く勧告する「フランク・レポート」を政府に提出したことで知られている。

●先に紹介した、最初に原爆製造を進言したユダヤ人科学者レオ・シラードも、ナチス・ドイツの敗北が決定的になると、原爆の実戦使用(対日投下)に反対するようになった。

シラードにとって「原子爆弾」とは、ナチスの脅威に対抗するためのものであって、日本に使用するためのものではなかったのだ。

1945年3月、シラードは、アインシュタインと会い、再び大統領への手紙にサインするよう求めた。原爆の対日投下を阻止しようと、シラードは、大統領に働きかけるつもりだった。原爆開発を進めるにも、原爆投下を止めるにも、アインシュタインの名声が必要だったのである。アインシュタインは、再びシラードの意見に同調しサインした。                しかし、効果はなかった。シラードは対日戦争での原爆使用に対して最後まで「反対請願」を展開したが、時すでに遅しだったのである。(戦後、シラードは、分子生物学へ転向した)。

●「近代量子論の父」で同じくノーベル物理学賞受賞のニールス・ボーアも、「マンハッタン計画」に携わったユダヤ人科学者である。(彼は、アインシュタインにつぐ、20世紀で最も影響の大きかった物理学者で、「近代量子論の父」と世界的に認められている)。

ボーアは大戦中、アメリカに渡り「マンハッタン計画」に参加した。しかし、彼は原爆が日本に投下される前に、その巨大な破壊力がいかに恐ろしい惨禍をもたらすかを誰よりも早く悟っていた。

●結局、原爆開発に関わる科学者たちを駆り立てた「戦争早期終結論」は、広島に続く「長崎」への原爆使用によって、「ドイツ原爆対抗論」と同様に虚構の理論であったことが明らかにされた。

●最新の調査によると、アメリカ政府は1943年5月という早い時点で「対日投下」を決定し、原爆使用を来たるべき戦後の原子力開発競争において、アメリカがとりわけソ連に対していかに優位を確保していくかを中心に議論していたことが判明している。

「サラリーマン神話」李明博氏とは

投稿者: kusotaka 投稿日時: 2007/12/19 23:18 投稿番号: [63627 / 85019]
<韓国大統領選>「サラリーマン神話」次期大統領当確の李明博氏とは
12月19日22時10分配信 YONHAP NEWS

【ソウル19日聯合】第17代大統領選挙を当選を確実としたハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏は、屈曲の多い大韓民国の近・現代史とともに歩んできた。多くの60代がそうであるように、日帝植民地時代と独立、朝鮮戦争と自由化、軍事独裁政権と産業化、民主化と世界化に続く激動の波を乗り越えてきた。苦難と奇跡の歩みは、「神話」とも評されている。
  李氏は日帝占領下、1941年に日本の大阪で生まれた。貧しさのため中学入学当時から露店商などで生活費と学費を稼いだ。大学時代には、韓日会談反対闘争(6・3事態)の首謀者として、西大門刑務所に6か月服役した。そうした人生が逆転するのは、現代グループ創業者の故鄭周永(チョン・ジュヨン)名誉会長に出会ってからだ。

  大学卒業後に現代建設に入社し、2年と経たずに代理に昇進した李氏は、29歳で理事に、35歳で社長に上りつめ、その後最長寿CEO(最高責任者)という記録を築く。「サラリーマン神話」と呼ばれるまでになった李氏だが、1992年に、当時新韓国党代表でのちに大統領になる金泳三(キム・ヨンサム)氏から公認推薦を得て、第14代総選挙に出馬、政界に進出した。

  しかし、企業家・李明博にとって政治は生易しいものではなかった。1995年にソウル市長選出に向けた党内選挙に出馬したが敗北、翌年の総選挙には当選したものの選挙法違反で起訴された。この渦中の1998年に再びソウル市長の座を狙い党内選挙に挑んだものの、選挙法違反の裁判が終わらず、議員職を辞して米国に渡った。

  1999年末に帰国後、当時としては珍しかったインターネットバンキング事業を始めた李氏は、このときBBK疑惑の中心人物、金敬俊(キム・ギョンジュン)氏と会う。意欲的に新たな事業を起こそうとしていたところに金氏が金融当局の調査を受けたため、李氏は事業関係を清算。2002年に3度目の挑戦でソウル市長に当選した。

  ソウル市長として4年の任期の間、清渓川の復元、公共交通システムの改編、ソウルの森造成などで株を上げ、今年、第17代大統領選に挑戦状を叩きつけた。多数の反対を受けた清渓川復元と公共交通システム改編などを成功させたことで強力な推進力を市民に印象付けた李氏は、保守政党所属でありながら、「実践する改革者」というイメージを築き上げ、理念、年齢、階層、地域にかかわらず幅広い支持を受けた。

  「経済大統領」「国家CEO」をスローガンに1年以上にわたり世論支持率トップを維持してきたが、青瓦台(大統領府)に向かう道は、その人生の逆転ほどに険しいものだった。長くはない政治経験に、栄誉と恥辱が混在していたのも事実で、政党史上最悪の激しい党内選挙と汎与党勢力との検証攻勢を耐え抜いた李氏だが、青瓦台(大統領府)の主となるには障害は大きいと指摘されてきた。大韓民国のために身を投じて働く、5年間死ぬ覚悟で働きたいと叫んだ李氏は、サラリーマン神話、清渓川神話に続き、大統領選神話を成し遂げた。

過去をほじくり出しては劣等感に浸り陶酔

投稿者: publicopinion100 投稿日時: 2007/12/19 23:04 投稿番号: [63626 / 85019]
過去をほじくり出しては劣等感に浸り陶酔するのが、チョウセンジンの特徴。

怨ナシでは生きられない不幸な民族!

反日の間抜け政権と交代してどうなるか?

投稿者: publicopinion100 投稿日時: 2007/12/19 23:01 投稿番号: [63625 / 85019]
政府、政権交代を歓迎   首脳往来復活も期待
12月19日21時56分配信 毎日新聞
「韓国の次期大統領に19日、「実利外交」を掲げる李明博(イ・ミョン・バク)氏が当選し、歴史認識問題などを巡って反日的な姿勢を続けた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権と交代することになり、日本政府は「日韓関係の改善につながる」と歓迎している。福田康夫首相は来年2月にソウルで行われる新大統領就任式に出席する意向で、04年12月以来韓国大統領の来日が途絶えている首脳往来を早期に復活させたい考えだ。

  盧大統領は昨年、ソウルでの日韓首脳会談で、靖国神社参拝問題、歴史教科書、従軍慰安婦の三つを「課題」として提起するなど、対日批判を低迷した政権支持率のテコ入れに利用した。李氏は実業界出身らしく外交も実利を重視し、理念先行の盧大統領とは異なるスタイルと見られる。

  外務省幹部は「盧時代に日韓歴史共同研究が本格化し、政治から歴史を切り離した。李政権になれば、建設的な政治対話が期待できる」と語る。過去の清算に区切りを付け、経済や文化開放など協力関係をうたった98年の共同宣言「日韓パートナーシップ」の再構築を目指す方針だ。」
----------

さてさて、まずは気違い男の後釜が多少はまともなので、少しは朝鮮人に対する日本人の接し方が変わるかもしれないが、
チョウセンジンの間抜けた根性は決して変わらんことだけは確か。

Re: 原爆投下は正当行為だったと思うぜ

投稿者: ouka1gou 投稿日時: 2007/12/19 23:00 投稿番号: [63624 / 85019]
シンラ、罪も無い非戦闘者の死者数、朝鮮人も含む、
それが政党?
コスモナポリタンか?
それを正当と言うのなら、お前は、市中引き回しの上、銃殺だな。

史上最低の間抜け男の後は誰でもまとも

投稿者: publicopinion100 投稿日時: 2007/12/19 22:53 投稿番号: [63623 / 85019]
どうでもいいが、朝鮮人から見ても史上最低の間抜け整形男の後釜としては、李明博はまともに見えるわな。

祖国の将来が危ういにのに、この掲示板では間抜け在日が、どうでもいい議論を蒸し返しては、憂さ晴らし。

朝鮮人の間抜けさは一向になおらんわい(笑)

Re: 原爆投下は正当行為だったと思うぜ

投稿者: ouka1gou 投稿日時: 2007/12/19 22:52 投稿番号: [63622 / 85019]
何だシンラまだやつてたのか、原爆後遺症の枠の問題だろう。お前、そういうのを屁理屈と言うんだよ〜、潔くしろ。

Re: 誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: numbergl 投稿日時: 2007/12/19 22:49 投稿番号: [63621 / 85019]
過ちって。。朝鮮人に人間並みの扱いをしたことか?

たしかに過ちだった。。すまん

Re: 誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: tonbo_08 投稿日時: 2007/12/19 22:46 投稿番号: [63620 / 85019]
バカ   エサのカエルを探しに竹やぶから出てきたんだ。
お前   カエルだろ。

Re: 誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: gansandrosas 投稿日時: 2007/12/19 22:38 投稿番号: [63619 / 85019]
馬鹿は、もう寝ろ。

Re: 誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: sinra_saburou 投稿日時: 2007/12/19 22:38 投稿番号: [63618 / 85019]
お前田んぼのマムシって言ってなかったか?

田んぼのマムシは弱いぜw

竹やぶのマムシは攻撃的だがな

Re: 原爆投下は正当行為だったと思うぜ

投稿者: gansandrosas 投稿日時: 2007/12/19 22:38 投稿番号: [63617 / 85019]
なんで?俺は戦争にも行ってないし朝鮮人に謝る様ないわれはないぜ。
なにが失望だ馬鹿かお前。

Re: 誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: tonbo_08 投稿日時: 2007/12/19 22:31 投稿番号: [63616 / 85019]
いよー   オレは去年広島へいったぜ。
宮島も見てきた・
何故オイラに聞かないんだ?
負け犬だからか?
どうだい   チンコじじいよ。
所詮   お前とは格違いな。
3編回ってキャンと泣け。バカ犬め。

Re: 原爆投下は正当行為だったと思うぜ

投稿者: sinra_saburou 投稿日時: 2007/12/19 22:29 投稿番号: [63615 / 85019]
ガン   お前には失望したぞ

いいかガン

日本軍を作戦指揮していたのは全部日本人だ
天皇にも責任はある

原爆投下が正当なのはアメリカ側から見た場合だ

日本がもっと早く負け戦を止めていれば
犠牲者は無かった

日本のアホの責任だ

謝れ!

Re: 原爆投下は正当行為だったと思うぜ

投稿者: gansandrosas 投稿日時: 2007/12/19 22:24 投稿番号: [63614 / 85019]
な〜んだ正当な行為だと言うのかそれなら誰も誤る必要ないだろ。

いいかい新羅

投稿者: gansandrosas 投稿日時: 2007/12/19 22:22 投稿番号: [63613 / 85019]
お前等朝鮮人も大戦に日本兵として参加してたのは知ってるよな。
それを踏まえて現代の日本人に責任があると言うのならお前達にも十分
責任があるはずだ。
これまでは敗戦国だというので黙っていたがいつまでも黙ってないぜ。
朝鮮併合で日本人となった朝鮮人を志願兵という形で募兵したのに
大変な高倍率で志願したのは朝鮮人のほうだぜ。過去を引きずり惨めな
歴史を人の責任にするにも限度があるぞ。

原爆投下は正当行為だったと思うぜ

投稿者: sinra_saburou 投稿日時: 2007/12/19 22:16 投稿番号: [63612 / 85019]
>日本の皆様に謝れ、それが出来なければ、もう来るな。

なぜ俺が謝らないといけないか?

敵国の立場この場合だとアメリカにすれば
狂信的でシャブ漬けの兵隊が米艦隊に襲いかかる状況を
考えれば恐怖だ

沖縄戦を見ても日本軍は民間人をも利用して襲いかかる
一億玉砕などのスローガンを掲げていたんだぞ

早期に戦争を終結させるためには
日米双方に利があったのは明らかだぞ

もし日本本土で日米戦があれば
天皇は殺されていただろうな


これもお前らが主張する日韓併合は結果的に朝鮮に対しても
良い事をした論と同じだぞ

あ〜あ〜あ まだ言うかチャンouka1gou

投稿者: sutemasu_sutemasuyou 投稿日時: 2007/12/19 21:52 投稿番号: [63611 / 85019]
そういや、
どこの馬の骨かわからん乞食してた密航チャンだったね君。

怒る分けや、ぷっ

Re: シンラ誤ちは潔く謝れ

投稿者: ouka1gou 投稿日時: 2007/12/19 21:50 投稿番号: [63610 / 85019]
<誤ちは2度と繰り返しませんから・>
と、日本の皆様に謝れ、それが出来なければ、もう来るな。

またまた、SM3"隣の芝生"記事

投稿者: fukuroudon 投稿日時: 2007/12/19 21:50 投稿番号: [63609 / 85019]
それにしても
世宗大王艦
大王といっている時点で笑えるのだが、
これをイージス艦とのたまう韓国人が惨めで涙を誘う


今年5月、韓国のイージス艦1号世宗大王艦が進水した。
しかし、SM3の運用能力はない。
「後でSM3を買ってつければいいだろう」といって済む問題ではない。
韓国は日本の景気墜落期を“失われた10年”といってきた。
すでに北東アジアの戦力均衡において韓国が逆にその声を聞くことになった。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=93982&servcode=A00&sectcode=A00




追伸:
どうしても日本を比較対象にしたいらしが
まずは、ロシアやスペイン当たりを対象にしたらと
誰か、韓国人に教えてやってくれ?

Re: 誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: ouka1gou 投稿日時: 2007/12/19 21:29 投稿番号: [63608 / 85019]
お前も馬鹿だね、原爆を落とした国は、何処なんだよ。
逸れは、戦争に付いて語っているんじゃねえか、
原爆の後遺症問題だろう。
お前も日本語の勉強、駅前留学しなさい。馬鹿シン

Re: 誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: gansandrosas 投稿日時: 2007/12/19 21:29 投稿番号: [63607 / 85019]
いや俺は、日本人でアメリカ人じゃないし。
原爆も日本人は持ってないし。第一そんなに暇じゃないから広島には
行けないねえ。残念だけどね。
過ちも最近は、犯してないしねえ。そんな元気ないからねえ。

Re: 保守政権への移行歓迎 米反応

投稿者: fukuroudon 投稿日時: 2007/12/19 21:22 投稿番号: [63606 / 85019]
リンク先読み見ました

いいねぇ

米紙ニューヨーク・タイムズが米政府高官の話として、
「数カ月のうちに(米韓)双方の溝は日本海ほど広がった」と報じた。

The Sea of Japan   ・・・かな

日本海を比喩に使うところが、
米国が韓国をどのように見ているかを
如実に物語っている

誤ちは2度と繰り返しませんから

投稿者: sinra_saburou 投稿日時: 2007/12/19 21:21 投稿番号: [63605 / 85019]
ガン
桜花
キモベロ

この3人は広島の平和公園へ行って
誓ってこい!

誤ちは2度と繰り返しませんから・・と誓ってこい

Re: あ〜あ〜あ まだ居るのか

投稿者: ouka1gou 投稿日時: 2007/12/19 21:14 投稿番号: [63604 / 85019]
お前日本語が、理解できんようだな。お前みたいな馬鹿、
意見を述べられるまで、俺にレスするな
せつかく、日本に逃げて来た先祖のお蔭で、
日本にいられたんだから、日本語が、理解できるように
日本の学校で
勉強しなおせ。
分かつたな、奴隷ステマスヒロイマス

Re: あいまいな表現は嫌いだ

投稿者: gansandrosas 投稿日時: 2007/12/19 21:08 投稿番号: [63603 / 85019]
国際法上原爆を使うのは、違法なんだよ。日本国が原爆を使ったんじゃない
アメリカが使ったんだぜ。
お前って頭悪いな。ああ朝鮮人か、じゃしょうがねえか。

Re: おいっ  下等生物ステハン

投稿者: ywnpn069 投稿日時: 2007/12/19 21:07 投稿番号: [63602 / 85019]
それで、選挙には行ったのかい?

あ〜あ〜あ まだ居るのか

投稿者: sutemasu_sutemasuyou 投稿日時: 2007/12/19 21:06 投稿番号: [63601 / 85019]
チャンと自白したね、よしよし。

そうやって堂々とすれば何人でも良いのだ、
成り済まそうとする根性が気にくわんのです。

俺はこういう人間だ、わかったかチャンouka1gou 君。

じゃ、見るだけのもんか見てやるよ。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)