☆ 原爆投下の真実! 5
投稿者: red_house_0v 投稿日時: 2007/12/20 00:19 投稿番号: [63634 / 85019]
人権擁護法案は、危険!
外国人参政権反対)
国会議員リスト 人権擁護法推進派・反対派
http://nullpo.2log.net/home/yabai/archives/blog/giinlist1/
これで、確認して下さい。
●トルーマン大統領の原爆に関する「罪」は、これだけでは終わらない。まだ大きな責任がある。1948年には「サンドストーン計画」という「原爆大量生産計画」をスタートさせたのである。そして、1949年にソ連が「原子爆弾」の開発に成功すると、トルーマン大統領は、翌年1950年に「水素爆弾」の開発にすんなりとゴーサインを出してしまった。
1954年3月1日に行なわれた「水爆」実験によって、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員23名が被爆してしまうという事件が発生したが、この時の「水爆」の名前は『ブラボー(万歳)』で、テラー博士の作品であった。
恐ろしいことに、日本人は広島・長崎に続いて核の被害にあったのである。
世界中を震撼させた「ビキニ事件」である。
●このように、トルーマン大統領は、原爆の管理と使用制限についてソ連と協定を結ぶのを拒否し、無秩序な核開発計画を進めたのである。
結局、アメリカとソ連は、トルーマン政権以降、熾烈な核軍拡競争に明け暮れ、20世紀の末までに米ソ両国は合わせて4万発以上の原爆・水爆を製造し、1700回以上の原爆・水爆実験を実施し、各地に死の灰を降らせた。
また両国各地に点在する巨大な核施設の爆発事故・放射能漏れ、原発事故、さらには老朽化した原潜・ウラン鉱山なども住民に深刻な放射線被害を引き起こし、環境に多大な汚染をもたらしてきた。
全く狂気の沙汰としかいいようがない。
●トルーマン大統領の「罪」は、原爆の対日投下と、戦後の無秩序な核開発だけにとどまらない。彼は、1947年の国連による「パレスチナ分割案」を強力に後押しし、国連加盟諸国へ脅しの根回しをして、イスラエル建国を実現させた元凶でもあるのだ。
「第二次世界大戦はユダヤ人にとってホロコーストの悪夢の時代であった。そのユダヤ人であるヴィクター・ロスチャイルド男爵、チャールズ・ハンブロー、ロバート・オッペンハイマーは、血のつながりを持つ一族だったのである。イギリスのロスチャイルド・ファミリーは金融王ネイサン・ロスチャイルドに源を発する一族だが、ちょうどその5世代ファミリーに、彼らが同じ血族として記録されているのである。オッペンハイマーは突然にニューメキシコ州の砂漠に現れた科学者ではなかった。
そしてここに、世界史の大きな謎がある。1989年にベルリンの壁が崩壊するまで続いた米ソの東西対立が、事実危険な対立であったか、それとも半ば両者が示し合わせた人為的な対立だったかという謎である。」
●ベトナムのある高官は以下のような告発をしている。
「……結局、一番もうかるのは、より性能のいい兵器により高い値札をつけてどんどん売りさばくことのできる“ビッグ5(国連常任理事国)”の兵器産業である。」
●ジョン・F・ケネディが大統領に就任。彼の対キューバ政策や対ソ連政策、対ベトナム政策などは、軍産複合体の利益と真っ正面から衝突した。
ケネディ暗殺の首謀者が誰なのかは知らないが、「2039年には全面的に真相を公開する」というアメリカ政府の声明は謎めいて聞こえる。
●「原爆展」の諮問委員会を務めた、スタンフォード大学の著名な歴史学者であるバートン・バーンスタイン教授は、アメリカの外交雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に「広島再考」と題した論文を寄稿し、対日戦の早期終結に向け「アメリカ指導者は原爆使用以外の道を探求しなかった」などと、日本への原爆投下に批判的な説を展開した。 アメリカ指導層が当初から市民の大量犠牲を前提にしていたと指摘。指導層や国民の戦争モラルが変質したと強調。「民間人の大量殺傷」を許す素地があったため、原爆投下を避けようとはしなかったと主張している。
●1993年6月8日、テラー博士はニューメキシコ州のロスアラモス市で開かれた原爆開発50周年の記念イベントで講演し、次のような貴重なコメントを残している。
「広島に原爆を投下するよりも、東京湾のように被害が少なくて済む場所で爆破して戦争を終結する方法もあった……」
●ちなみに、最初に原爆製造を進言したユダヤ人科学者レオ・シラードも、戦後、次のように述べていた。
「振り返ってみると、示威についての議論は示威の可能性をあまりに強調しすぎたと思う。私たちが十分議論しなかったことは日本は必ず負けるということであった。
この戦争は『政治的手段』で終わらせることができ、『軍事的手段』で終わらせる必要がなかった。」
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これで、確認して下さい。
●トルーマン大統領の原爆に関する「罪」は、これだけでは終わらない。まだ大きな責任がある。1948年には「サンドストーン計画」という「原爆大量生産計画」をスタートさせたのである。そして、1949年にソ連が「原子爆弾」の開発に成功すると、トルーマン大統領は、翌年1950年に「水素爆弾」の開発にすんなりとゴーサインを出してしまった。
1954年3月1日に行なわれた「水爆」実験によって、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員23名が被爆してしまうという事件が発生したが、この時の「水爆」の名前は『ブラボー(万歳)』で、テラー博士の作品であった。
恐ろしいことに、日本人は広島・長崎に続いて核の被害にあったのである。
世界中を震撼させた「ビキニ事件」である。
●このように、トルーマン大統領は、原爆の管理と使用制限についてソ連と協定を結ぶのを拒否し、無秩序な核開発計画を進めたのである。
結局、アメリカとソ連は、トルーマン政権以降、熾烈な核軍拡競争に明け暮れ、20世紀の末までに米ソ両国は合わせて4万発以上の原爆・水爆を製造し、1700回以上の原爆・水爆実験を実施し、各地に死の灰を降らせた。
また両国各地に点在する巨大な核施設の爆発事故・放射能漏れ、原発事故、さらには老朽化した原潜・ウラン鉱山なども住民に深刻な放射線被害を引き起こし、環境に多大な汚染をもたらしてきた。
全く狂気の沙汰としかいいようがない。
●トルーマン大統領の「罪」は、原爆の対日投下と、戦後の無秩序な核開発だけにとどまらない。彼は、1947年の国連による「パレスチナ分割案」を強力に後押しし、国連加盟諸国へ脅しの根回しをして、イスラエル建国を実現させた元凶でもあるのだ。
「第二次世界大戦はユダヤ人にとってホロコーストの悪夢の時代であった。そのユダヤ人であるヴィクター・ロスチャイルド男爵、チャールズ・ハンブロー、ロバート・オッペンハイマーは、血のつながりを持つ一族だったのである。イギリスのロスチャイルド・ファミリーは金融王ネイサン・ロスチャイルドに源を発する一族だが、ちょうどその5世代ファミリーに、彼らが同じ血族として記録されているのである。オッペンハイマーは突然にニューメキシコ州の砂漠に現れた科学者ではなかった。
そしてここに、世界史の大きな謎がある。1989年にベルリンの壁が崩壊するまで続いた米ソの東西対立が、事実危険な対立であったか、それとも半ば両者が示し合わせた人為的な対立だったかという謎である。」
●ベトナムのある高官は以下のような告発をしている。
「……結局、一番もうかるのは、より性能のいい兵器により高い値札をつけてどんどん売りさばくことのできる“ビッグ5(国連常任理事国)”の兵器産業である。」
●ジョン・F・ケネディが大統領に就任。彼の対キューバ政策や対ソ連政策、対ベトナム政策などは、軍産複合体の利益と真っ正面から衝突した。
ケネディ暗殺の首謀者が誰なのかは知らないが、「2039年には全面的に真相を公開する」というアメリカ政府の声明は謎めいて聞こえる。
●「原爆展」の諮問委員会を務めた、スタンフォード大学の著名な歴史学者であるバートン・バーンスタイン教授は、アメリカの外交雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に「広島再考」と題した論文を寄稿し、対日戦の早期終結に向け「アメリカ指導者は原爆使用以外の道を探求しなかった」などと、日本への原爆投下に批判的な説を展開した。 アメリカ指導層が当初から市民の大量犠牲を前提にしていたと指摘。指導層や国民の戦争モラルが変質したと強調。「民間人の大量殺傷」を許す素地があったため、原爆投下を避けようとはしなかったと主張している。
●1993年6月8日、テラー博士はニューメキシコ州のロスアラモス市で開かれた原爆開発50周年の記念イベントで講演し、次のような貴重なコメントを残している。
「広島に原爆を投下するよりも、東京湾のように被害が少なくて済む場所で爆破して戦争を終結する方法もあった……」
●ちなみに、最初に原爆製造を進言したユダヤ人科学者レオ・シラードも、戦後、次のように述べていた。
「振り返ってみると、示威についての議論は示威の可能性をあまりに強調しすぎたと思う。私たちが十分議論しなかったことは日本は必ず負けるということであった。
この戦争は『政治的手段』で終わらせることができ、『軍事的手段』で終わらせる必要がなかった。」
これは メッセージ 63632 (red_house_0v さん)への返信です.
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