kureyonjin様、chopper811362様
投稿者: utsukusiikuninihonn 投稿日時: 2004/12/03 01:23 投稿番号: [4938 / 85019]
kureyonjinさんには、忠告として、また反問として、「朝鮮人に対して慈愛の念が薄れたか」との問いかけを受けました。また、chopperさんにもいかにもきついとご指摘を受けました。
時分自身としては、果たして何か変わっただろうか、というような感じなのですが、それから、自分が投稿したものをすべて読み返してみました。
指摘された事について、まだうまく返答を書きえずにおりますが、どうしたらうまく表現できるのか、もう少し時間をいただきたく、ご容赦をお願いします。
私は、以前にも何度か触れましたが、米欧にもおりましたが、80年前後くらいからはアジアにも関係しました。
ベトナム、ミャンマー、ラオスなど以外は殆どを訪問し、住んだところもあれば短期滞在を繰り返したところもあります。中国は北京から雲南まで、成都、広州、重慶、上海など主要なところは通算滞在も長く、また、韓国についても、ソウルから釜山まで、太田であれ、テグであれ、浦項、慶州など色々なところに行きもし、韓国と日本のために微力は尽くしたとの強い思いがあります。半面、その経験から、私は両国は間違いなく危険をはらんだ「反日国家」であると考えております。
一方では、その中で、タイ、台湾、韓国などでは頼まれれば無料で日本史小教室や日本語小教室を開き、平日夜間・週末と東奔西走しました。
朝鮮人達のことは中でも忘れません。現LG、現代グループの工場など、或いは日本の文房具メーカーの技術協力を受けたところ、信管を作る工場などはいづれも地方でしたが、日本語に難渋している、教えてもらいたいと言われれば、地方でも手弁当で行きました。
朝鮮人、韓国人を憎く思い、蔑視し嫌っているのであればそのような事はしません。また、現地で接する朝鮮人達は親切で、忘れられない何かがあります。純な感じと言いましょうか。
映画「ブラザーフッド」を観ても、何かそれと通じるものを思い出して思わず涙が流れました。(反面、韓国政府関係者や、単なる交渉の場ではまったく不愉快な事があまりにも多かった)
一般の方々への思いと、国家としての関係を返答する事になるのですが、うまく書けません。申し訳ありませんが、もう少しお待ち下さい。
今回、内田良平の件を少し書いた折、若干、これと似たような気持ちを感じるものを見つけました。勿論、私など、内田良平の足下にも及びませんが、何かやはり語りかけてくるものがあり、ご参考までに下に写します。
搾取云々のあたりは到底、私は賛成しえないのですが、そのままにします。
昭和10年に福岡日々新聞に、内田良平が、韓国併合について聞かれた際に答えた事の一部を抜粋ですが、ここに投稿しておられる方々にも通じる何かがあるような気がします。
「朝鮮人一般の日本人軽蔑の状態は実に甚だしかったが、しかし吾々の本心を云ふと、さうした朝鮮人が実は可哀相で可哀相で仕様が無いのであつた。
歴代の苛政に無力化され、愚昧化させられて、ただお上を怨み、強い奴を恐れて、自分一個の福利の為に戦々兢々として居るばかり。
自分の郷土がどうなつてゐるか、自国の社稷が何処へ持って行かれるか、など云ふ事は夢にも考へる余裕が無い。
ただウジヤウジヤと生きてゐるばかりの虫けら同然の朝鮮国民を見ると吾々はただ惻然、愀然として襟を正すばかりで、憎む気持や、軽蔑する気持などは全然動かない。
況んや現在の日本人のやうに此奴を酷使して搾取して遣らうなど云ふ気は毛頭起らない。ただ可哀相でいぢらしくて、腰抜けの弟か何かを守り育てる様に、どうかして一人前にして遣り度い。
日本人の云ふ事がわかって、露西亜や支那に対抗できるやうには何時なる事であらうと思ふと胸が一杯になるばかりであつた」
時分自身としては、果たして何か変わっただろうか、というような感じなのですが、それから、自分が投稿したものをすべて読み返してみました。
指摘された事について、まだうまく返答を書きえずにおりますが、どうしたらうまく表現できるのか、もう少し時間をいただきたく、ご容赦をお願いします。
私は、以前にも何度か触れましたが、米欧にもおりましたが、80年前後くらいからはアジアにも関係しました。
ベトナム、ミャンマー、ラオスなど以外は殆どを訪問し、住んだところもあれば短期滞在を繰り返したところもあります。中国は北京から雲南まで、成都、広州、重慶、上海など主要なところは通算滞在も長く、また、韓国についても、ソウルから釜山まで、太田であれ、テグであれ、浦項、慶州など色々なところに行きもし、韓国と日本のために微力は尽くしたとの強い思いがあります。半面、その経験から、私は両国は間違いなく危険をはらんだ「反日国家」であると考えております。
一方では、その中で、タイ、台湾、韓国などでは頼まれれば無料で日本史小教室や日本語小教室を開き、平日夜間・週末と東奔西走しました。
朝鮮人達のことは中でも忘れません。現LG、現代グループの工場など、或いは日本の文房具メーカーの技術協力を受けたところ、信管を作る工場などはいづれも地方でしたが、日本語に難渋している、教えてもらいたいと言われれば、地方でも手弁当で行きました。
朝鮮人、韓国人を憎く思い、蔑視し嫌っているのであればそのような事はしません。また、現地で接する朝鮮人達は親切で、忘れられない何かがあります。純な感じと言いましょうか。
映画「ブラザーフッド」を観ても、何かそれと通じるものを思い出して思わず涙が流れました。(反面、韓国政府関係者や、単なる交渉の場ではまったく不愉快な事があまりにも多かった)
一般の方々への思いと、国家としての関係を返答する事になるのですが、うまく書けません。申し訳ありませんが、もう少しお待ち下さい。
今回、内田良平の件を少し書いた折、若干、これと似たような気持ちを感じるものを見つけました。勿論、私など、内田良平の足下にも及びませんが、何かやはり語りかけてくるものがあり、ご参考までに下に写します。
搾取云々のあたりは到底、私は賛成しえないのですが、そのままにします。
昭和10年に福岡日々新聞に、内田良平が、韓国併合について聞かれた際に答えた事の一部を抜粋ですが、ここに投稿しておられる方々にも通じる何かがあるような気がします。
「朝鮮人一般の日本人軽蔑の状態は実に甚だしかったが、しかし吾々の本心を云ふと、さうした朝鮮人が実は可哀相で可哀相で仕様が無いのであつた。
歴代の苛政に無力化され、愚昧化させられて、ただお上を怨み、強い奴を恐れて、自分一個の福利の為に戦々兢々として居るばかり。
自分の郷土がどうなつてゐるか、自国の社稷が何処へ持って行かれるか、など云ふ事は夢にも考へる余裕が無い。
ただウジヤウジヤと生きてゐるばかりの虫けら同然の朝鮮国民を見ると吾々はただ惻然、愀然として襟を正すばかりで、憎む気持や、軽蔑する気持などは全然動かない。
況んや現在の日本人のやうに此奴を酷使して搾取して遣らうなど云ふ気は毛頭起らない。ただ可哀相でいぢらしくて、腰抜けの弟か何かを守り育てる様に、どうかして一人前にして遣り度い。
日本人の云ふ事がわかって、露西亜や支那に対抗できるやうには何時なる事であらうと思ふと胸が一杯になるばかりであつた」
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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