(9)日本軍「慰安婦」-1
投稿者: foryoufor 投稿日時: 2004/10/31 00:09 投稿番号: [3781 / 85019]
太平洋戦争の開始前から日本軍は占領地での慰安所設置を計画していた。すでに1941年7月陸軍省内の会議で蘭印調査から帰ってきた深田軍医少佐が「村長に割当て厳重なる検梅の下に慰安所を設くる要あり」と報告し、しかも村長に事実上、強制的に集めさせることを提案している。42年9月の陸軍省の会議では、慰安所について、「北支100ケ、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400ケ所」を作ったと報告されている(金原節三「陸軍省業務日誌摘録」)。
マレー進攻作戦においては、その作戦中から慰安所の設置がおこなわれた。占領後、42年夏ころまでにはマレー半島の日本軍が駐留していた主な町に慰安所が設置された。その町の数は30以上にのぼると見られる。
東南アジアでは朝鮮や台湾、日本本土から連れてこられた女性もたくさんおり、また中国本土の女性もビルマなどに連れてこられている。しかし東南アジア地域の日本軍慰安婦の多くは現地の女性であったと推定されている。東南アジア各地での日本軍慰安婦の徴集方法の特徴は次のように整理できる(吉見義明・林博史編著『共同研究 日本軍慰安婦』大月書店)。
第一にマラヤでは残っていた元からゆきさんに慰安婦集めを委託したケースである。クアラルンプールでは日本軍の兵站の担当者が市内に残っていた元からゆきさんたちを集めて慰安婦集めと慰安所の管理を任せた。
第二に新聞などで募集したケースがある。シンガポール占領直後に日本軍の宣伝班のもとで刊行された新聞『昭南日報』には「接待婦」(慰安婦)を募集する宣伝が掲載されている。この場合、応募してきた女性は仕事の内容を承知していたと見られるが、その場合でも想像を越える過酷な扱いを強要されたケースもある。たとえば、シンガポールのある慰安所では、応募してきた女性が「予想が狂って悲鳴をあげ」拒否したのに対して、その女性の手足をベットに縛り付けて、「慰安」を強制したことを当時の将校が証言している(総山孝雄『南海のあけぼの』叢文社)。
第三に日本軍が駐留する地元の住民組織の幹部に慰安婦集めを命じたケースである。マレー半島の町クアラピラーではそうして女性18人を集めさせて将校用と兵士用の慰安所を設けている。この方法はインドネシア、フィリピンなど各地でおこなわれている。
第四に詐欺による募集である。いい仕事があるから、事務員やタイピスト、看護婦にするからというような口実で集めて、結局は強姦してから慰安婦にするというケースである。第一〜第三の場合もこの詐欺による場合が多かったのではないかとみられる。
第五に暴力的な拉致によるケースである。日本兵が家に押し入り、暴力的に若い女性を拉致し、兵士たちが輪姦した後に慰安婦にした例はフィリピンで数多く報告されているがインドネシアやマラヤでもそうした事例が報告されている。
マレー進攻作戦においては、その作戦中から慰安所の設置がおこなわれた。占領後、42年夏ころまでにはマレー半島の日本軍が駐留していた主な町に慰安所が設置された。その町の数は30以上にのぼると見られる。
東南アジアでは朝鮮や台湾、日本本土から連れてこられた女性もたくさんおり、また中国本土の女性もビルマなどに連れてこられている。しかし東南アジア地域の日本軍慰安婦の多くは現地の女性であったと推定されている。東南アジア各地での日本軍慰安婦の徴集方法の特徴は次のように整理できる(吉見義明・林博史編著『共同研究 日本軍慰安婦』大月書店)。
第一にマラヤでは残っていた元からゆきさんに慰安婦集めを委託したケースである。クアラルンプールでは日本軍の兵站の担当者が市内に残っていた元からゆきさんたちを集めて慰安婦集めと慰安所の管理を任せた。
第二に新聞などで募集したケースがある。シンガポール占領直後に日本軍の宣伝班のもとで刊行された新聞『昭南日報』には「接待婦」(慰安婦)を募集する宣伝が掲載されている。この場合、応募してきた女性は仕事の内容を承知していたと見られるが、その場合でも想像を越える過酷な扱いを強要されたケースもある。たとえば、シンガポールのある慰安所では、応募してきた女性が「予想が狂って悲鳴をあげ」拒否したのに対して、その女性の手足をベットに縛り付けて、「慰安」を強制したことを当時の将校が証言している(総山孝雄『南海のあけぼの』叢文社)。
第三に日本軍が駐留する地元の住民組織の幹部に慰安婦集めを命じたケースである。マレー半島の町クアラピラーではそうして女性18人を集めさせて将校用と兵士用の慰安所を設けている。この方法はインドネシア、フィリピンなど各地でおこなわれている。
第四に詐欺による募集である。いい仕事があるから、事務員やタイピスト、看護婦にするからというような口実で集めて、結局は強姦してから慰安婦にするというケースである。第一〜第三の場合もこの詐欺による場合が多かったのではないかとみられる。
第五に暴力的な拉致によるケースである。日本兵が家に押し入り、暴力的に若い女性を拉致し、兵士たちが輪姦した後に慰安婦にした例はフィリピンで数多く報告されているがインドネシアやマラヤでもそうした事例が報告されている。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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