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戦争史料の見方、扱い方-1

投稿者: foryoufor 投稿日時: 2004/10/28 18:55 投稿番号: [3711 / 85019]
1   戦争史料にはどのようなものがあるか



  現代の総力戦のもとでは、戦時下におけるあらゆる史料が戦争史料と言ってもよいだろうし、さらに戦争の準備から戦後処理にいたる史料も含まれるだろう。歴史学では人間の存在や活動の痕跡を示すあらゆるものが史料であると考えているが、近代日本の戦争史料という場合には、大きく分けて文献史料、オーラル史料、遺跡などの物的史料に分けられるだろう。



①文献史料

  文献史料としては、陸海軍その他政府機関の公文書、兵士や市民の戦記、回想録、日記などがあげられる。日本の旧陸海軍の文書は、敗戦のときに閣議決定により焼却命令が出され、多くが失われた。軍だけでなく内務省や外務省などでも文書の焼却がおこなわれ、市町村にも兵事関係文書を焼却するように通達されており、国家的規模で資料の隠滅がおこなわれた。現在残っている軍関係史料は、永久保存のために疎開させていた一部の文書や個人的に隠していた文書、戦場で米軍が没収した文書など全体のほんの一部にしかすぎない。

  たとえば以前に私が発見した、マレー半島での住民虐殺についての史料は、戦争末期にその部隊が病院船を使って密かに移動する途中、米艦船の臨検を受けて発覚し、その際に没収されたものだった。そうした偶然から残されたものだった。

  占領中にアメリカが持っていった史料はその後、二回に分けて日本に返還され、防衛庁防衛研究所と国立公文書館にそれぞれ保管されている。

 

②オーラル史料

  戦争の当事者の証言や回想も貴重な史料である(これが書きとめられれば文献史料ともなる)。かつては文献史料ばかりが重視されていたが、戦後歴史学の中で“民衆の歴史”が唱えられ、オーラル史料が重視されはじめた。さらに1990年代に元日本軍慰安婦など戦争被害者が声をあげ始め、こうした人々の証言なしには戦争研究はもはやおこなえないと認識されるようになってきている。

 

  オーラル史料の収集が最も進んでいるのは日本のなかでは沖縄だろう。1971年と1974年に刊行された『沖縄県史』沖縄戦記録1,2は、住民の戦争体験を収集したもので、それぞれ千ページをこえる画期的な書である。さらに『浦添市史』第5巻(1984年刊)では、市内の字(あざ)ごとの徹底した聞き取り調査によって、戦前の集落の実態(集落の配置、家族構成、日本軍の配置、各家ごとの死者など)を明かにし、沖縄戦のよる死者数をはっきりさせた。これまで日本では、軍人軍属以外の民間人の戦争による死者について、きちんとした公的な調査はおこなわれていない。各地の空襲の犠牲者数は民間の研究により推定しているにすぎない。沖縄でも援護業務に関わる数字があるだけである。浦添市では、援護行政のデータでは死者は3925人とされていたが、この調査により4112人が判明した。つまり187人はそれまで忘れ去られていた死者だったのである。その後、各市町村史でも同様の調査がなされ、その成果は次々と公刊されている。

 

③戦争遺跡などの物的史料

  近年、注目を浴びているのがこの戦争遺跡である。原爆ドームなどは典型的な戦争遺跡である。戦争の体験者が減少し、それほど遠くない将来、戦争体験を聞く機会は失われることになる(周辺事態法が成立し、新たな戦争体験者が生まれる可能性も強まったが)。過去の侵略戦争をくりかえさないために戦争の実相を伝えることが大事だと考えられるが、戦争遺跡はそのための貴重な史料である。たとえば、戦争を追体験できる沖縄のガマ(壕)は平和学習の重要な場となっている。また「集団自決」に使われた鎌や小刀、ガマに残っていた生活道具なども貴重な戦争遺跡の一部といってよい。南風原陸軍病院や松代大本営など各地に掘られた壕、軍関係の建築物など各地で戦争遺跡の保存活用をはかる運動が広がっている。

  写真やフィルムなども重要な物的史料である。ただ流布している写真には正確でないものが多い。本のキャプションを鵜呑みにせず、原典にあたって、いつ、どこで、誰が撮ったものかを確かめてから使う必要がある。

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