竹中平蔵は読んだことないのだろうな<2>
投稿者: canyontrue 投稿日時: 2007/01/30 22:40 投稿番号: [33612 / 85019]
ここで話を日本に戻そう。こうした学者の主張が米国の例では正しいとすると、日本の経営者らは、人員削減政策が米国では有益どころか逆効果であるという証拠があるにもかかわらず米国モデルを見習っていることになる。つまり欠陥のある米国モデルに従っているのだ。
しかし、人員削減が米企業で有効でなかったからといって、日本でも同じとは限らない。おそらく、性急にレイオフを行う米経営者よりも人員削減に及び五品日本の経営者の方がはるかに賢明なのかもしれない。
あるいは、米経営者が安易に人員削減策に訴える一方で、日本の経営者は苦渋の選択で人員削減に踏み切っているのかもしれない。評論家の多くが論ずるように、日本経済が90年代以降、過剰労働力に悩ませ続けてきたのなら、人員整理も筋が通った策だろう。だとすると、日本の経営者は本国で機能しなかった米国の慣行をうまく模倣した、という皮肉な結果にたどりつく。
実のところ、日本企業が近年米国から学んだことの多くに関して、これと同じような疑問が感じられる。日本企業は米国の慣行をその実際の効果を確認せずに取り組んでいるのではないか、という疑問だ。
例として、ストックオプションを考えてみよう。理論的にストックオプションには、株価を最大にするためのインセンティブ(刺激)を経営者に与えることにより、経営者の利益を株主の利益に近づけるような調整機能がある。
02年に起きたエンロン事件の後、評論家たちはストックオプションの影の部分を突如として見始めた。たとえば、ストックオプションは業績を上げた経営者への報酬にはなるが、業績不振でも経営者を罰するものではないこと。また、利益を株主から経営陣トップへ振り替えてしまうこと。従業員をより高いリスクにさらすこと。さらに、不正行為を促しかねないこと、などだ。
では、企業の合併・買収の場合はどうか。積極派は、企業支配権を争う活発な市場が日本には不可欠だと主張し、そうなれば経営陣が株価や収益により強い関心を示さざるを得なくなると指摘する。しかし、米国の経験では、吸収合併は株主にとっての価値を高めるものではなく、逆に損なう可能性のほうが高い。とりわけ買収する側の企業の株主は、損を被る度合いが高いようだ。
私は日本人の友人と議論をする時、彼らが思うほど米国のものは優れていないと説得している自分を奇妙に感じることがある。誤解しないでほしいのは、私は自分の国を愛しており、米国にも立派な資質がたくさんあると思っている。しかし私は時々、日本が米国モデルの本質や有効性、そして日本への適合性を探ろうとせずに、ただまねているだけのように思えてならない。
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上記の記事には、読んだ瞬間、はっとさせられました。
しかし、人員削減が米企業で有効でなかったからといって、日本でも同じとは限らない。おそらく、性急にレイオフを行う米経営者よりも人員削減に及び五品日本の経営者の方がはるかに賢明なのかもしれない。
あるいは、米経営者が安易に人員削減策に訴える一方で、日本の経営者は苦渋の選択で人員削減に踏み切っているのかもしれない。評論家の多くが論ずるように、日本経済が90年代以降、過剰労働力に悩ませ続けてきたのなら、人員整理も筋が通った策だろう。だとすると、日本の経営者は本国で機能しなかった米国の慣行をうまく模倣した、という皮肉な結果にたどりつく。
実のところ、日本企業が近年米国から学んだことの多くに関して、これと同じような疑問が感じられる。日本企業は米国の慣行をその実際の効果を確認せずに取り組んでいるのではないか、という疑問だ。
例として、ストックオプションを考えてみよう。理論的にストックオプションには、株価を最大にするためのインセンティブ(刺激)を経営者に与えることにより、経営者の利益を株主の利益に近づけるような調整機能がある。
02年に起きたエンロン事件の後、評論家たちはストックオプションの影の部分を突如として見始めた。たとえば、ストックオプションは業績を上げた経営者への報酬にはなるが、業績不振でも経営者を罰するものではないこと。また、利益を株主から経営陣トップへ振り替えてしまうこと。従業員をより高いリスクにさらすこと。さらに、不正行為を促しかねないこと、などだ。
では、企業の合併・買収の場合はどうか。積極派は、企業支配権を争う活発な市場が日本には不可欠だと主張し、そうなれば経営陣が株価や収益により強い関心を示さざるを得なくなると指摘する。しかし、米国の経験では、吸収合併は株主にとっての価値を高めるものではなく、逆に損なう可能性のほうが高い。とりわけ買収する側の企業の株主は、損を被る度合いが高いようだ。
私は日本人の友人と議論をする時、彼らが思うほど米国のものは優れていないと説得している自分を奇妙に感じることがある。誤解しないでほしいのは、私は自分の国を愛しており、米国にも立派な資質がたくさんあると思っている。しかし私は時々、日本が米国モデルの本質や有効性、そして日本への適合性を探ろうとせずに、ただまねているだけのように思えてならない。
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上記の記事には、読んだ瞬間、はっとさせられました。
これは メッセージ 33608 (koibitonoirumachikado さん)への返信です.
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