Re: 「閉ざされた古代墳墓」 の訳
投稿者: sekaihahe98 投稿日時: 2007/01/08 16:34 投稿番号: [32014 / 85019]
>>私の邪推妄説によれば、天皇家の出自は朝鮮半島のとある部族である。
2.3世紀の頃、、この人物は一族朗党と共に海を渡り、東方の未開の地を目指す。
そして遅れた土人共(放送禁止用語!)を蹴散らし、その地の覇権を握る。
彼らにとっては、はだしに入れ墨、鉄製の武器もろくに持っていない先住民族など、物の数に入らなかっただろう。
こうして出来上がったのが大和王朝である。 彼らは大陸の進んだ文明を先住民族に教え、その上に君臨した。 こうして世界の最後進国は、先進国への第一歩を踏み出したのである。
この人物が日本へ渡った理由が、あまり芳しくないものであったことは、確かであろう。 当時の日本は、上に書いた通り世界の僻地であり、未開野蛮の土地であった。 そんな所へ、危険を冒して遙々海を渡り、わざわざ住み着こうというのは、現在住んでいる所で厚遇されている人物のすることとも思えない。
恐らくは、部族内での権力闘争に敗れたとか、他部族との抗争で住む土地を追われたとかそのようなことであろうが、或いはもっと切迫した、又は不名誉な事情があったのかも知れない。 勿論そのあたりの事情は今現在知ることは不可能である。
もっとも、宮内庁の秘密主義は誰もが知る通りなので、これらの葬墓の調査拒否は、単に天皇家の出自が半島にあるというだけの、案外単純な理由かも知れないが・・・ <<
これが、平安時代までの天皇はほぼ100%渡来人とどう結びつくんでしょうか?
天照大神から6代目子孫の神武天皇は、日向(宮崎県)の高千穂生まれの豪族で、まつりごとを日向から大和に移す為に大和征服を目指したんです。
先祖の天照大神が大陸から渡った人なのかは知りませんし、その動機もわかりませんが、あなたの話だと、まるで銃を持ったスペイン人がインカ帝国を征服して王朝を建てたような感じですが、あまりに馬鹿げた妄想です。
この時代の書物は中国にも日本にも無く、私の話も後に書かれた日本書紀によるものですが、いくら空白の歴史といえ自分の想像だけで日本を侮辱する行為は今後慎んでもらいたい。
125代続いている世界でもっとも歴史ある日本の皇室は、日本人の誇りであり、その程度の根拠で批判されることは許せるものではありません。
反論を望んでます なんて勇ましいことを書いてましたがその程度の人だったとは思いませんでした。正直失望しました。残念です。
こうして出来上がったのが大和王朝である。 彼らは大陸の進んだ文明を先住民族に教え、その上に君臨した。 こうして世界の最後進国は、先進国への第一歩を踏み出したのである。
この人物が日本へ渡った理由が、あまり芳しくないものであったことは、確かであろう。 当時の日本は、上に書いた通り世界の僻地であり、未開野蛮の土地であった。 そんな所へ、危険を冒して遙々海を渡り、わざわざ住み着こうというのは、現在住んでいる所で厚遇されている人物のすることとも思えない。
恐らくは、部族内での権力闘争に敗れたとか、他部族との抗争で住む土地を追われたとかそのようなことであろうが、或いはもっと切迫した、又は不名誉な事情があったのかも知れない。 勿論そのあたりの事情は今現在知ることは不可能である。
もっとも、宮内庁の秘密主義は誰もが知る通りなので、これらの葬墓の調査拒否は、単に天皇家の出自が半島にあるというだけの、案外単純な理由かも知れないが・・・ <<
これが、平安時代までの天皇はほぼ100%渡来人とどう結びつくんでしょうか?
天照大神から6代目子孫の神武天皇は、日向(宮崎県)の高千穂生まれの豪族で、まつりごとを日向から大和に移す為に大和征服を目指したんです。
先祖の天照大神が大陸から渡った人なのかは知りませんし、その動機もわかりませんが、あなたの話だと、まるで銃を持ったスペイン人がインカ帝国を征服して王朝を建てたような感じですが、あまりに馬鹿げた妄想です。
この時代の書物は中国にも日本にも無く、私の話も後に書かれた日本書紀によるものですが、いくら空白の歴史といえ自分の想像だけで日本を侮辱する行為は今後慎んでもらいたい。
125代続いている世界でもっとも歴史ある日本の皇室は、日本人の誇りであり、その程度の根拠で批判されることは許せるものではありません。
反論を望んでます なんて勇ましいことを書いてましたがその程度の人だったとは思いませんでした。正直失望しました。残念です。
これは メッセージ 32009 (elgfaret さん)への返信です.
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