「閉ざされた古代墳墓」 の訳
投稿者: elgfaret 投稿日時: 2007/01/08 15:36 投稿番号: [32009 / 85019]
以下の文はある一人の「宮内庁により全て拒絶の古墳発掘」に対してのコメント、俗に言う「愚人の独り言」として一部
colum senseofwonder から
転載。
>>>畿内近辺には未だ調査の行われていない大規模な墳墓がいくつかある。 その代表的なものは纒向古墳群であり、箸中山古墳(伝箸墓) 全長280m、纒向勝山古墳全長100mの前方後円墳、纒向矢塚古墳 全長96mなどがある。
いずれも4世紀前後の大規模な墳墓である。 箸中古墳の築造年代は、280−300年頃とされているが、これはとりもなおさず「大和王朝発足の時代」である。 これらを学術調査できれば、日本史の不明な部分の相当量が、一挙に解明されるであろうというのが、学者たちの一致した意見である。
なのに、これらの墳墓は宮内庁により「陵墓」(大王の墓)に指定されており、その調査は、宮内庁により全て拒絶されている。 曰く「個人の葬墓である」というのがその理由だ。 しかし「個人の葬墓」といえば、エジプトのピラミッドも王家の谷の遺跡も全て個人の葬墓である。 何故日本の王家の葬墓の調査のみが、これほどかたくなに拒絶されるのだろうか?
これは、「もし調査されれば、天皇家にとってあまり芳しくない事実が公表されるから」と、かんぐれないだろうか?
単に天皇家が大陸(半島)の出自である、というだけなら、これほど秘し隠さずともよい。 この説はほぼ日本史上の定説となっているからである。
その「あまり芳しくない事実」とは? このあたりからは全く筆者個人の憶測邪推のたぐいであるので、そのつもりで読んでいただきたい。(笑)
では?
私の邪推妄説によれば、天皇家の出自は朝鮮半島のとある部族である。 2.3世紀の頃、、この人物は一族朗党と共に海を渡り、東方の未開の地を目指す。 そして遅れた土人共(放送禁止用語!)を蹴散らし、その地の覇権を握る。 彼らにとっては、はだしに入れ墨、鉄製の武器もろくに持っていない先住民族など、物の数に入らなかっただろう。
こうして出来上がったのが大和王朝である。 彼らは大陸の進んだ文明を先住民族に教え、その上に君臨した。 こうして世界の最後進国は、先進国への第一歩を踏み出したのである。
この人物が日本へ渡った理由が、あまり芳しくないものであったことは、確かであろう。 当時の日本は、上に書いた通り世界の僻地であり、未開野蛮の土地であった。 そんな所へ、危険を冒して遙々海を渡り、わざわざ住み着こうというのは、現在住んでいる所で厚遇されている人物のすることとも思えない。
恐らくは、部族内での権力闘争に敗れたとか、他部族との抗争で住む土地を追われたとかそのようなことであろうが、或いはもっと切迫した、又は不名誉な事情があったのかも知れない。 勿論そのあたりの事情は今現在知ることは不可能である。
もっとも、宮内庁の秘密主義は誰もが知る通りなので、これらの葬墓の調査拒否は、単に天皇家の出自が半島にあるというだけの、案外単純な理由かも知れないが・・・
>>>畿内近辺には未だ調査の行われていない大規模な墳墓がいくつかある。 その代表的なものは纒向古墳群であり、箸中山古墳(伝箸墓) 全長280m、纒向勝山古墳全長100mの前方後円墳、纒向矢塚古墳 全長96mなどがある。
いずれも4世紀前後の大規模な墳墓である。 箸中古墳の築造年代は、280−300年頃とされているが、これはとりもなおさず「大和王朝発足の時代」である。 これらを学術調査できれば、日本史の不明な部分の相当量が、一挙に解明されるであろうというのが、学者たちの一致した意見である。
なのに、これらの墳墓は宮内庁により「陵墓」(大王の墓)に指定されており、その調査は、宮内庁により全て拒絶されている。 曰く「個人の葬墓である」というのがその理由だ。 しかし「個人の葬墓」といえば、エジプトのピラミッドも王家の谷の遺跡も全て個人の葬墓である。 何故日本の王家の葬墓の調査のみが、これほどかたくなに拒絶されるのだろうか?
これは、「もし調査されれば、天皇家にとってあまり芳しくない事実が公表されるから」と、かんぐれないだろうか?
単に天皇家が大陸(半島)の出自である、というだけなら、これほど秘し隠さずともよい。 この説はほぼ日本史上の定説となっているからである。
その「あまり芳しくない事実」とは? このあたりからは全く筆者個人の憶測邪推のたぐいであるので、そのつもりで読んでいただきたい。(笑)
では?
私の邪推妄説によれば、天皇家の出自は朝鮮半島のとある部族である。 2.3世紀の頃、、この人物は一族朗党と共に海を渡り、東方の未開の地を目指す。 そして遅れた土人共(放送禁止用語!)を蹴散らし、その地の覇権を握る。 彼らにとっては、はだしに入れ墨、鉄製の武器もろくに持っていない先住民族など、物の数に入らなかっただろう。
こうして出来上がったのが大和王朝である。 彼らは大陸の進んだ文明を先住民族に教え、その上に君臨した。 こうして世界の最後進国は、先進国への第一歩を踏み出したのである。
この人物が日本へ渡った理由が、あまり芳しくないものであったことは、確かであろう。 当時の日本は、上に書いた通り世界の僻地であり、未開野蛮の土地であった。 そんな所へ、危険を冒して遙々海を渡り、わざわざ住み着こうというのは、現在住んでいる所で厚遇されている人物のすることとも思えない。
恐らくは、部族内での権力闘争に敗れたとか、他部族との抗争で住む土地を追われたとかそのようなことであろうが、或いはもっと切迫した、又は不名誉な事情があったのかも知れない。 勿論そのあたりの事情は今現在知ることは不可能である。
もっとも、宮内庁の秘密主義は誰もが知る通りなので、これらの葬墓の調査拒否は、単に天皇家の出自が半島にあるというだけの、案外単純な理由かも知れないが・・・
これは メッセージ 31999 (sekaihahe98 さん)への返信です.
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