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やはりいた自治体に潜り込んだ工作員?!

投稿者: shamisengai 投稿日時: 2006/05/02 07:05 投稿番号: [24174 / 85019]
民●?   総●?   ●同?   ●価?   かどこかは知りませんが、
宮津市役所内に工作員がいるもよう。
こんな奴に公費で給料を出す宮津市とは(唖然)

よく考えれば
  2006/5/1 (月) 09:16:02 - 通りすがりの人 - <toorisugari@docomo.ne.jp> -
proxy.city.miyazu.kyoto.jp [210.171.143.67] - Mozilla/4.0 (compatible; MSIE
5.5; Windows NT 5.0; T312461) - No.1146442562

葬儀での「清め塩」は、故人につば吐くような無慈悲な行為です。
日本では、古来より「死は穢れたもの」として、「死穢」をことのほか忌み嫌いました。
そもそも、塩とは「調味料」であり、人体を維持していく上で「欠かせぬ食品」であり、
食物の保存に重要な役割を担ってきています。
冷凍食品が普及する少し前まで、保存食といえば、塩漬けか、干物に限られていました。

  この「清め塩」には、死体の腐敗を防ぎ、死臭などを防ぐ効果が、「おまじない」とし
て残っているのです。
  例えば、神棚に白い紙を張るのも同じことです。神様が「死穢」を嫌われるからです。
  「塩」を撒くと言う習慣は、そうした中から出てきたようです。
  現在は、葬儀で会葬者に振り掛けたり、「清め塩」と言う小袋を渡してこの行為に代えていま
す。
  本来なら、ご遺体に振り掛けなければ意味のないことぐらい考えればわかることです。
  所詮、世間で行われているおまじないなど、この種の行為を大まじめにやっているだけのこと
です。

  それよりも、生前に縁の深かった方の葬儀に参列し、手を合わせながら、一方で「穢れたも
の」と
して「清め塩」で「お清め」していくことに、何の疑問も感じないことの方が不思議です。
  私たちは、誰しも死に対する「怖れ」や「悲しみ」を抱えております。
  そうした「怖れや悲しみから逃れたい」と言う心が、「お清め」と言う行為につながるのでし
ょう。
  よく考えてください。
  しかし、本当に「穢れたもの」として「お清め」することで、「怖れ」や「悲しみ」は解決さ
れる
のでしょうか。
  本来仏教では、死を穢れとして受け止めることは決してありません。
  私たちの逃れることのできない「死」と言う事実を正面から受け止め、見つめていくことこそ
が、
  「今生きている私たちの生をも充実させることになる」と教えられています。

  「お清め」と言う行為は、亡き人をおとしめるばかりか、私たちの生をも見失わせることにな

迷信であり、「一切不要なもの」なのです。   
  いかがでしょうか。
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注目点  
IP=宮津市役所    proxy.city.miyazu.kyoto.jp [210.171.143.67]

通りすがりさんがコピペに使ったと思われる元のHP
http://www7.ocn.ne.jp/~kokubo/funeral1.htm#SS3
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