nacow40さんへ。
投稿者: chopper8111362 投稿日時: 2005/10/01 13:41 投稿番号: [17108 / 85019]
ナカウさん(でよいのかな?)、こんにちは、ちょっぱーです。ご意見ありがとうございます。
>広島の原爆慰霊公園や沖縄の平和祈念公園にいったことがありますか?
広島には、親族がおりますので度々まいります。また、長崎も、僕の居住地から近い都市ですので、良く伺います。
しかし、沖縄は、残念ながら、一度も訪ねたことがございません。もし、沖縄を訪ねる機会が有りましたら、必ず平和祈念公園へ参ろうかと思います。
>最大公約数と言うのは、誰に適用しても「まぁ、しゃぁないやろ」程度の妥協を生み出せるものでなくてはなりません。
神社参拝は公約数たり得ないのでしょうか?
僕は福岡市中心より、やや離れた、田園地帯に生まれ育ちました。実家は、或る寺の檀家ですが、氏神を祭る神社もあります。年末には寺で餅をつき、元旦にはまず氏神から始めて三社を参ります。(もちろん、クリスマスには飲めや歌えの大宴会もお約束です)また、僕の大伯父は大東亜戦争に殉じています。本家の仏壇に遺影が飾られておりますが、靖国神社にもその英霊が神として安まれていると考えれば、なにやら嬉しげな心持ちであります。
正月の初詣や、子供のためのお宮参り、様々な祈願や願掛けをみるに、日本における神道行事は、十分に最大公約数だと思いますよ。そして、様々な宗教の中で、日本に固有かつ敷延なものは、神道だけです。
>戦時には日本のキリスト教界は、礼拝の前に宮城遥拝をさせられました。(政府の指導、と言う名の強制です。)
>ちょっぱーさんは「神道はいかなる宗教とも相克することはありません」とおっしゃいますが、
>キリスト者は神道と結びついた皇民化政策の下に、自身の宗教活動の様式に変更を余儀なくされたのです。
宮城遙拝のあと、キリスト教の礼拝は行われたのでしょう?それは、儀式の変更でも、相克でもなく、並立ではないのですか?
そして、多くのキリスト教者も、大東亜戦争に協力を惜しまなかった。政府もキリスト教を弾圧したことはない。(一部共産勢力と結びついたキリスト団体に圧力を加えたことはあったが、その原典は不詳です、お許しを。)
国家神道が押し広げられた時代は、正に戦時です。その時代の社会背景を考えずに、今になって、あれは強制だった、余儀なき宗教儀式の変更だったと叫ぶことは、先人や歴史に対して、あまりに不遜で無遠慮です。
>平和祈念公園ではそれぞれの慰霊碑の前に、焼香台が置かれています。それを考慮すると、決して慰霊行為の宗教性を否定した施設ではありません。しかし、焼香台は仏教徒でなくとも「焼香しない」という選択によって妥協点を見出せます。
焼香台があるのに、ご焼香をしない、それはあまりに身勝手です(貴君のことではない)。
他を認めない、身勝手なドグマが、様々な争いの原因であると、いま人類は学んでいるところではないのですか。
自己の宗教心を満たせるなら、他の宗教の行為を無視しても構わないのですか?
僕は、神道だけを押しつけようといっているわけではない。
殉死者の個たる部分は、それぞれの宗教教義で安んずればよい。しかし、戦死は公たる死です。殉死者の公たる部分を祭る義務が国家にはある。そして、その方法は歴史的文化的に靖国神社で良いではないかといっているのです。個の慰霊と、公の慰霊は並立できるのではないでしょうか?
滅私奉公の時代は確かに終わりました。戦後日本は私のみを追及しました。そして、いま、我々は「私」と並立すべき「公」を見直す時期に来ているのです。
その意味で、国の慰霊施設に鳥居が有ろうが、十字架が有ろうが、仏像が有ろうが、鷹揚な気持ちを持ち、公に殉じた英霊を真摯に慰める事の方が大切な事だと思います。
>しかし、靖国が国家慰霊施設であるというのは少数者を蹂躙する包括主義だと思いますよ。
>包括される少数者の気持ちを分かってほしいというのは、無理なんですかねぇ。
これへの解答は、先の文章で十分でしょう。
最後になりましたが、この投稿がトピのテーマから完全に逸脱していることを、皆様に謝罪致します。申し訳ございませんでした。
では。
>広島の原爆慰霊公園や沖縄の平和祈念公園にいったことがありますか?
広島には、親族がおりますので度々まいります。また、長崎も、僕の居住地から近い都市ですので、良く伺います。
しかし、沖縄は、残念ながら、一度も訪ねたことがございません。もし、沖縄を訪ねる機会が有りましたら、必ず平和祈念公園へ参ろうかと思います。
>最大公約数と言うのは、誰に適用しても「まぁ、しゃぁないやろ」程度の妥協を生み出せるものでなくてはなりません。
神社参拝は公約数たり得ないのでしょうか?
僕は福岡市中心より、やや離れた、田園地帯に生まれ育ちました。実家は、或る寺の檀家ですが、氏神を祭る神社もあります。年末には寺で餅をつき、元旦にはまず氏神から始めて三社を参ります。(もちろん、クリスマスには飲めや歌えの大宴会もお約束です)また、僕の大伯父は大東亜戦争に殉じています。本家の仏壇に遺影が飾られておりますが、靖国神社にもその英霊が神として安まれていると考えれば、なにやら嬉しげな心持ちであります。
正月の初詣や、子供のためのお宮参り、様々な祈願や願掛けをみるに、日本における神道行事は、十分に最大公約数だと思いますよ。そして、様々な宗教の中で、日本に固有かつ敷延なものは、神道だけです。
>戦時には日本のキリスト教界は、礼拝の前に宮城遥拝をさせられました。(政府の指導、と言う名の強制です。)
>ちょっぱーさんは「神道はいかなる宗教とも相克することはありません」とおっしゃいますが、
>キリスト者は神道と結びついた皇民化政策の下に、自身の宗教活動の様式に変更を余儀なくされたのです。
宮城遙拝のあと、キリスト教の礼拝は行われたのでしょう?それは、儀式の変更でも、相克でもなく、並立ではないのですか?
そして、多くのキリスト教者も、大東亜戦争に協力を惜しまなかった。政府もキリスト教を弾圧したことはない。(一部共産勢力と結びついたキリスト団体に圧力を加えたことはあったが、その原典は不詳です、お許しを。)
国家神道が押し広げられた時代は、正に戦時です。その時代の社会背景を考えずに、今になって、あれは強制だった、余儀なき宗教儀式の変更だったと叫ぶことは、先人や歴史に対して、あまりに不遜で無遠慮です。
>平和祈念公園ではそれぞれの慰霊碑の前に、焼香台が置かれています。それを考慮すると、決して慰霊行為の宗教性を否定した施設ではありません。しかし、焼香台は仏教徒でなくとも「焼香しない」という選択によって妥協点を見出せます。
焼香台があるのに、ご焼香をしない、それはあまりに身勝手です(貴君のことではない)。
他を認めない、身勝手なドグマが、様々な争いの原因であると、いま人類は学んでいるところではないのですか。
自己の宗教心を満たせるなら、他の宗教の行為を無視しても構わないのですか?
僕は、神道だけを押しつけようといっているわけではない。
殉死者の個たる部分は、それぞれの宗教教義で安んずればよい。しかし、戦死は公たる死です。殉死者の公たる部分を祭る義務が国家にはある。そして、その方法は歴史的文化的に靖国神社で良いではないかといっているのです。個の慰霊と、公の慰霊は並立できるのではないでしょうか?
滅私奉公の時代は確かに終わりました。戦後日本は私のみを追及しました。そして、いま、我々は「私」と並立すべき「公」を見直す時期に来ているのです。
その意味で、国の慰霊施設に鳥居が有ろうが、十字架が有ろうが、仏像が有ろうが、鷹揚な気持ちを持ち、公に殉じた英霊を真摯に慰める事の方が大切な事だと思います。
>しかし、靖国が国家慰霊施設であるというのは少数者を蹂躙する包括主義だと思いますよ。
>包括される少数者の気持ちを分かってほしいというのは、無理なんですかねぇ。
これへの解答は、先の文章で十分でしょう。
最後になりましたが、この投稿がトピのテーマから完全に逸脱していることを、皆様に謝罪致します。申し訳ございませんでした。
では。
これは メッセージ 17104 (nacow40 さん)への返信です.
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