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おい、fujiusb!その文自体、途中だな?

投稿者: bremenangelheart 投稿日時: 2005/05/09 20:23 投稿番号: [11099 / 85019]
お前が切ったのはのは、突進してきた一部のソ連軍が前線を突破(当たり前だろ?奇襲で第一線は突破される、その後が問題だな?)した、その瞬間のところで、コピペをやめるという小細工で、
あたかも関東軍が、一線以上に敗退したかのような印象にしたい、

いわゆる印象操作をしたかったわけだな?

じゃ、お前が意図的にコピペをやめた直後から、みてみようか?


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一方、満州北西部・西部からの侵攻を担当するザバイカル方面軍(及び外蒙古軍)は、第1極東方面軍・第2極東方面軍とは対称的に順調な進撃を見せていた。
前述したように関東軍はこの方面の防備を手薄にしていたが、ソ連軍戦車・機械化部隊はホロンバイル草原と大興安嶺を短期間で走破し、満州国の内部へ深く食い込んでいた。ハイラル陣地に拠る関東軍守備隊(独立混成第80旅団)は頑強に抵抗し、終戦まで陣地を確保し続けたが、その他の部隊(満州国軍騎兵部隊を含む)は敗走を重ねた。

8月13日にはザバイカル方面軍は白城子郊外に迫り、新京を西から脅かしつつあった。それと共に外蒙古領内から侵攻を開始したソ連・外蒙古連合軍は、この方面に布陣していた内蒙古軍を撃破しつつ、北支に駐屯する日本軍部隊の北上増援阻止を目的として長城付近の多倫・張家口に迫り、支那派遣軍と関東軍との連絡線を遮断しつつあった(支那派遣軍はソ連軍侵攻後、2個師団を基幹とする第6軍を満州へ転用すべく準備中であったが、終戦により実現しなかった)。

またソ連軍は満州への陸路侵攻と並行して、海上機動による北鮮沿岸(羅津・清津等)への上陸作戦を行ったが、ソ連太平洋艦隊の輸送・揚陸能力には限界があったので、上陸した部隊はソ連軍侵攻と共に関東軍の隷下に入った第17軍の反撃を受けて被害が続出し、沿岸部の拠点を占領できたのは終戦後になってからであった。

ザバイカル方面軍は【満州内部へと深く食い込み、新京の間近に迫っていたが、300キロを超える進撃によって補給線は大きく延伸していた】。これに対し、【関東軍が後方予備として温存していた第3方面軍(9個師団基幹)は新京―大連の線に展開し、当初の作戦計画通りに補給線の延びたソ連軍に対し攻勢防御を試みようとしていた】。
関東軍総司令部の前述の作戦計画変更によってこの攻勢防御計画は中止されることとなったものの、第3方面軍は隷下の部隊を新京―大連の線に集結させており、このままいけばザバイカル方面軍との正面衝突は必至という状勢であった。

そして、関東軍が温存していた主力部隊を投入し、反撃を試みようとしていたまさにこの時、終戦の詔勅が下されることとなったのである。
新京の関東軍総司令部では15日夜半より緊急の幕僚会議が開かれ、戦闘継続か否かを巡って激しい議論が交わされた。その中では「徹底抗戦」の主張が圧倒的多数を占め、また前線の各部隊からも「是非とも最後の一戦を試みたし」という旨の電文が総司令部に殺到しつつあった。しかし、山田総司令官と秦総参謀長は「我ら軍人は天皇陛下の勅令に従うより他に道はない」との決意を示し、嗚咽の声が響くなかで関東軍の降伏受諾が決定されたのであった。

(これでみると、身動きがとれず、決戦の前に予定地にもこれずは、ソ連軍のようだな?

お前の初めの主張とまるで違うが???)

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さらに、この書いた人の最後の結びの言葉こそ、お前にふさわしいんじゃないか?


《【なお、それらの点に関して、在満邦人の悲劇の全責任を関東軍へ押しつけるような論調が長らく存在】している。

中略ー

ソ連の責任の所在を不明確にして関東軍のみを糾弾するのは如何なものであろうか。

上に書いた通り【在満邦人の犠牲の大半は終戦後に生じており、そもそも当時の日ソ間には相互不可侵を定めた中立条約が機能していた】のである。

念のため書いておくと、私は過去の出来事を持ち出してソ連を批判するためにこのようなことを書いているのではないし、ソ連の戦争犯罪について今更恨み言を言うつもりもなければ、現在のロシア及びロシア人に対して何ら敵愾心を持っているわけでもない。

ただ、1945年の日ソ戦について振り返る上で、そうした事実は忘れてはならないのではないか、と考えるのみである。

それと共に、【「案山子兵団」「張り子の虎」と揶揄されながらも、ソ連軍の侵攻を食い止めるために、時には玉砕戦を選択してまで勇戦敢闘した関東軍部隊が多数存在したという事実】も、同時に忘れてはならないのではないか、と考える次第である。》


よく読めよ!!

お前が引用した文だぞ!!
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