「科学」という用語の定義
投稿者: takkejan 投稿日時: 2011/11/18 09:59 投稿番号: [53090 / 55267]
>>科学者が原発は安全だと言ったのは科学かい
?
>>もう、その屁理屈は止めれば ? (笑)
>
>もちろん「科学」。
>ただ「科学」は間違っているコトがある。
>間違っていた場合のリスクを考えるのも「科学」だからややこしくなるが、
>理由もなく間違っているだろうと考えるのは「科学」じゃない。
以前おたくと議論をしてた時のことを思い出してきた。
おたくの話はいつも、言葉の定義が曖昧なので、まずは言葉の定義を
確認するところから議論をやるべきだな。
どうもおたくの使っている「科学」という用語の定義は、普通とは
違うような気がしてきた。
とりあえずはWikipediaより、、、
>科学的手法 [編集]科学的手法とは、ある事物や現象を説明するにあたり、
>考えられる様々な仮説から、再現性を持つ実験や観測を行い、その結果に
>矛盾しない説明を選びだすプロセスの事である。 科学的説明には、用いた
>実験方法や測定方法が公開され、第三者に検証される事が重要である。
>また、実験や測定には、ある程度の精度がある事が望ましいとされる。
>
>「科学的方法」も参照
>
> 科学と非科学の境界設定 [編集]何が科学で何が科学でないのか、数世紀に
>およぶ議論は混沌としていたが、20世紀前半の科学哲学者カール・ポパーが
>反証可能性の概念を提示し、それを条件とすることで理論が科学(彼が考える
>狭義の科学)に属するかそうでないかを線引きできることを示してみせた。
>混沌とした議論に悩まされ続けていた科学者らの中には反証可能性の概念や
>反証主義をひとつの解決策として歓迎する人が多かった。現在でも、これを
>科学と擬似科学とを区分する基準として採用する人は多い [66]。
>反証可能性(はんしょうかのうせい、英: Falsifiability)とは、科学哲学
>で使われる用語で、検証されようとしている仮説が実験や観察によって反証
>される可能性があることを意味する。
とりあえず、反証可能性があるかどうかを、科学と非科学との境界と
するということでは如何かな?
さて、それでは「脅威である」という命題は、反証可能性を有するか?
それにはまず「脅威」という量を測定出来る機械が必要になってくるな。
測定できなくては実験も観察も出来ないからな。そんな機械はこの世には
存在しない。そもそも最初の声明には、「脅威」を何に対する脅威なのか
だとか、脅威とはどういう量なのか、だとか、定義を行っていないから、
何が何だかわからないので検証しようがない。
よって、先のアメリカ科学アカデミーの声明(No.53083参照)は、反証可能性に
基づく「科学」の定義で考えれば、「科学ではない」。
ガッテンして頂けるかな?
>>もう、その屁理屈は止めれば ? (笑)
>
>もちろん「科学」。
>ただ「科学」は間違っているコトがある。
>間違っていた場合のリスクを考えるのも「科学」だからややこしくなるが、
>理由もなく間違っているだろうと考えるのは「科学」じゃない。
以前おたくと議論をしてた時のことを思い出してきた。
おたくの話はいつも、言葉の定義が曖昧なので、まずは言葉の定義を
確認するところから議論をやるべきだな。
どうもおたくの使っている「科学」という用語の定義は、普通とは
違うような気がしてきた。
とりあえずはWikipediaより、、、
>科学的手法 [編集]科学的手法とは、ある事物や現象を説明するにあたり、
>考えられる様々な仮説から、再現性を持つ実験や観測を行い、その結果に
>矛盾しない説明を選びだすプロセスの事である。 科学的説明には、用いた
>実験方法や測定方法が公開され、第三者に検証される事が重要である。
>また、実験や測定には、ある程度の精度がある事が望ましいとされる。
>
>「科学的方法」も参照
>
> 科学と非科学の境界設定 [編集]何が科学で何が科学でないのか、数世紀に
>およぶ議論は混沌としていたが、20世紀前半の科学哲学者カール・ポパーが
>反証可能性の概念を提示し、それを条件とすることで理論が科学(彼が考える
>狭義の科学)に属するかそうでないかを線引きできることを示してみせた。
>混沌とした議論に悩まされ続けていた科学者らの中には反証可能性の概念や
>反証主義をひとつの解決策として歓迎する人が多かった。現在でも、これを
>科学と擬似科学とを区分する基準として採用する人は多い [66]。
>反証可能性(はんしょうかのうせい、英: Falsifiability)とは、科学哲学
>で使われる用語で、検証されようとしている仮説が実験や観察によって反証
>される可能性があることを意味する。
とりあえず、反証可能性があるかどうかを、科学と非科学との境界と
するということでは如何かな?
さて、それでは「脅威である」という命題は、反証可能性を有するか?
それにはまず「脅威」という量を測定出来る機械が必要になってくるな。
測定できなくては実験も観察も出来ないからな。そんな機械はこの世には
存在しない。そもそも最初の声明には、「脅威」を何に対する脅威なのか
だとか、脅威とはどういう量なのか、だとか、定義を行っていないから、
何が何だかわからないので検証しようがない。
よって、先のアメリカ科学アカデミーの声明(No.53083参照)は、反証可能性に
基づく「科学」の定義で考えれば、「科学ではない」。
ガッテンして頂けるかな?
これは メッセージ 53086 (inatarou2001 さん)への返信です.
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