反捕鯨団体船長 日本船に侵入

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Re: 私はクジラ肉が苦手です

投稿者: discover_100 投稿日時: 2010/02/18 02:00 投稿番号: [223 / 1416]
>日本人が鯨肉を食べられなくなったのは、1980年代のこと。
人種偏見に満ちたグリンピースの主張がIWCを動かして、多くの種類が捕鯨禁止となり、国内での鯨肉の流通量は激減しました。

ボケ餓鬼の誇大妄想と作り話に過ぎない。
実態はこうだ。
戦   前
この時期の捕鯨業は鯨油をヨーロッパに輸出して外貨を稼ぐことを主な目的としていました。とりわけ南氷洋捕鯨は沿岸捕鯨との兼ね合いもあり、鯨肉は持ち帰ることなくほとんど海に”廃棄”していました。
戦   後
他の肉類よりも安価であるにもかかわらず臭味のために敬遠された鯨肉は、'50年代初頭には早くも”供給過多”となります。
膨大な在庫に頭を抱えた捕鯨業界は、販売促進のためのキャンペーンを張ったり、設備に資本を投下して加工食品の形で需要開拓を図ろうとしました。また、軍隊に代わる大口の需要先として自衛隊や学校給食、さらに動物園などの飼料用途に活路を求めたのです。戦後においても、食糧難時代の一時期を除けば、捕鯨産業にとって生産の主力となったのは輸出用の鯨油で、鯨肉は市況の不安定な鯨油の穴埋め的な役割を担っていました。その後、過剰生産と鯨肉に代わる安価な油脂類の登場によって、鯨油の価格は下降の一途をたどり、捕鯨業界は生産の比重を鯨油から鯨肉に否応なく移さざるを得なくなりました。
他国の母船を捕獲枠付で買い取り、条約未加盟国からの輸入や海外基地に陸揚げして第三国経由の輸入の形をとるなどして規制逃れの策に奔走したのです。結果として、企業間競争によってオリンピックにも例えられた南極海での乱獲の総仕上げを果たし、鯨類資源の枯渇に大きな責任を負うことになったのです。

捕鯨産業にとっては、自衛隊や刑務所などとともに、行政府調達による大量の安定需要が見込める重要な得意先でした。'73年頃の推定では国内の鯨肉生産量の12%に当たる15,000tが給食用に回されたとみられます。これが、戦後世代が鯨肉の竜田揚げなどに郷愁を感じ"させられる"所以です。

http://www.kkneko.com/rekishi.htm
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