Re: 満州国は日本の植民ではなかった
投稿者: iikodayo118118 投稿日時: 2011/09/24 13:27 投稿番号: [67 / 142]
No.66の末尾から
満州が古来、中国の「絶対不可分の固有領土」だという主張は、中国政府が二十世紀に入って初めて主張したものである。たしかに「天下王土に非ざるものなし」という王土思
想は古代からあった。しかし満州という土地まで中国の絶対不可分の領土だという主張は、
明らかに歴史を握造したものである。
史実を見れば、満州は中国と不可分だというより、むしろ有史以来満州と中国は万里の
長城を境に、相容れない二つの世界であった。植生圏を見ても環境がまったく異なっており、立化的・政治的に対立・対時し続けてきた異なる文化圏であった。この二つの世界は
抗争を続けながら、それぞれ国家の興亡盛衰を繰り返してきた。それは中国史とは別の
アジア史、東アジア史なのである。
かつて孫文は日本に対し、満州の売却を交渉したことがあった。しかし中華民国の支配
権は、建国後一度も満州に及んでいないし、日露戦争後の満州は北はロシアの、南は日本の支配下にあった。山縣有朋が孫文の売却話を断った事実は、当時の満州の実状をよく物
語っている。
満州人が十七世紀初頭、万里の長城を越え、中国を征服し清国を建てたのち、満州はず
っと「封禁の地」として漢人の入植が禁止されてきた。中国人にとっても、古来から満州
ある満州は、中華世界とは別世界、異域、異文明圏と見なしてきたわけである。
満州が古来、中国の「絶対不可分の固有領土」だという主張は、中国政府が二十世紀に入って初めて主張したものである。たしかに「天下王土に非ざるものなし」という王土思
想は古代からあった。しかし満州という土地まで中国の絶対不可分の領土だという主張は、
明らかに歴史を握造したものである。
史実を見れば、満州は中国と不可分だというより、むしろ有史以来満州と中国は万里の
長城を境に、相容れない二つの世界であった。植生圏を見ても環境がまったく異なっており、立化的・政治的に対立・対時し続けてきた異なる文化圏であった。この二つの世界は
抗争を続けながら、それぞれ国家の興亡盛衰を繰り返してきた。それは中国史とは別の
アジア史、東アジア史なのである。
かつて孫文は日本に対し、満州の売却を交渉したことがあった。しかし中華民国の支配
権は、建国後一度も満州に及んでいないし、日露戦争後の満州は北はロシアの、南は日本の支配下にあった。山縣有朋が孫文の売却話を断った事実は、当時の満州の実状をよく物
語っている。
これは メッセージ 66 (iikodayo118118 さん)への返信です.
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