満州国は日本の植民ではなかった
投稿者: iikodayo118118 投稿日時: 2011/09/24 11:39 投稿番号: [66 / 142]
満州国は日本の植民ではなかった
ISBN
4-89831-536-4
発行所
ワック㈱
著者
黄
文雄
新版まえがき「満州国」といえば、すぐさま思い浮かぶ疑問が三つある。
一つめは、戦後の中国人に言わせれば、日本によって三光作戦が行われ、あるいは植民
地として搾取、略奪が行われたという満州国に、なぜ年間百万人をも超える中国人がなだ
れ込んだのだろうかということ。
二つめは、かつて関外、塞外の地として農牧しかできなかった土地に、なぜ満州国建国
後は戦闘機をも生産できる一大産業国家が突如出現したのだろうかということ。
三つめは、もしあの五族協和の合衆国が議しなければ、アジアの国民国家の発展状況
は今日とのような様相を呈していたであろうかということだ。
このような疑問もまた、私が本書を執筆する契機の一つだった。
他方、「満州国」といえば、大多数の日本人は、台湾、朝鮮と並び称せられる大日本帝国
―の三大植民地だと見なしているだろう。
わざわざ中国人の物言いにならって「偽満州国」と称したり、日本の「傀儡国家」といったりするような「満州国」のイメージは、おもに戦後に形成されたもので、はっきり言
って、「自虐史観」の代表的なものである。しかし、それは決して正しい歴史認識でないこ
とを冒頭で明確に述べておきたい。
まず指摘しておきたいのは、このようなイメージが、満州史についての歴史を歪曲した
ものであり、列強時代、ことに近現代の国民国家形成に関する歴史認識の不足によって形
成されたものであることだ。
中国では「満州」という地名は「支那」と同様に忌み嫌われ、タブーにもなっている。
その代わりに、中国中心主義的(自己中心主義的)な、方位しか意味しない「東北」という呼称の使用を、日本人にまで強要しているのである。満蒙の地は中国の神聖不可分の固有
の領土と決めつけ、高句麗史まで中国の一地方史と主張してはばかることがない。
「満州事変」(一九一三年)は「九・一八事変」と称して反日抗日のシンボルとし、毎年九月十八日は国辱記念日としている。
それではなぜ中国人は、先泰時代から万里の長城を築かなければならなかったのか。こ
の問いだけで、中国の歴史捏造が明らかになる。つまり中国人は古来、万里の長城以北に
ある満州は、中華世界とは別世界、異域、異文明圏と見なしてきたわけである。
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