Re: 松井石根大将 大アジア主義の悲劇③
投稿者: senrigoma 投稿日時: 2010/12/21 09:19 投稿番号: [875 / 2332]
■3.上海派遣軍司令官の訓示■
しかし、蒋は日中提携よりも、国共合作を選び、昭和12年8月11日には上海停戦協定に違反して、約1万2千名の偽装保安隊を軍備禁止地域に送り込んだ。上海には当時、揚子江上流から2万2千名の日本人引揚者がいた。蒋介石は70万人の大軍を集結し、日本守備隊と居留民を脅かした。
その2週間ほど前、通州において、婦女子を含む日本人居留民約2百名が目をくりぬかれるなど、残酷な強姦・虐殺事件があったば
かりである。8月23日に在留邦人の生命財産を守るため、松井を司令官とする上海派遣軍が送り込まれた。
当時、すでに予備役にあった松井が、特に上海派遣軍司令官に起用されたのは、時の杉山陸軍大臣も明言しているように、年来日中親善に尽力し、中国に知己も多いため、速かに事件を局地的に解決し、戦闘を拡大しないという政府方針の貫徹には、最もふさわしい人物であったからである。
松井は、自分のように、真に中国を理解し、中国人を親愛する人間が出馬することが、今回の派兵で、怨恨を残さず、かえって「雨降って地固まる」を実現するのに好都合だと考えた。
そこで、部下各隊にその趣旨を徹底させるために、次のような訓示(原文)を行った。
一、上海附近の戦闘は専ら我れに挑戦する敵軍の裁定を旨とし、中国官民に対しては努めて之れを宣撫愛護すること。
二、列国居留民および軍隊に累を及ぽさざることに注意し、列国官憲およびその軍隊と密に連絡し誤解なきを期すること。
約2ヶ月の攻防で、ようやく上海を占拠し、居留民を保護しえた。この時の難民区の扱いは、ジャッキーノ神父が感謝した通りである。
これは メッセージ 874 (senrigoma さん)への返信です.
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