本日の社説(夫婦別姓)その1
投稿者: nonora 投稿日時: 2002/04/19 01:03 投稿番号: [3516 / 28311]
■夫婦別姓──寛容さを欠く反対論
こういう、、、「寛容」とかいう情緒的な言葉を社説に持ってくるのはいかがなものか?
と、いつもながら思う。
このような情緒的な言葉に論理は必要が無い。
相手を悪魔化するだけである。
『法務省の案は、同姓を強制されることに精神的な苦痛を感じたり、
不利益を受けたりしている人たちを助けようというものだろう。』
はっきりいってだ。
姓が変わるから結婚ができない、、、というのならば、それはそれだけのことだろう。
その程度の「結びつき」しかない、ということだ。
日本は姓についてはわりと寛容な国だと思う。
お隣の「進歩的な国」韓国では、結婚しても儒教の影響で女性が男性の姓を名乗ることができない。
しかし日本は、なんなら女性の姓を名乗ることもできる。
別に通称名を名乗ってもかまわない。
僕の会社では、女性は結婚しても通称名で呼ばれている。
『長男と長女同士の結婚の際に、双方の親が自分の姓を名乗ってほしいと望むこともあり、
結婚の支障になっているという悩みも聞く。』
このようなごく一部の人の利益の為に「伝統」をかえてもよいのだろうか?
何故このような人たちは双方の親を説得する努力をしようとしないのか?
結局は「別姓」で結婚したところで、
このような、、、親を説得できないような夫婦は所詮は離婚する可能性が高いだろう。
『同姓を家族のあり方と結びつけて強調したり、
「家族崩壊」などと、ことさら不安をあおったりする主張からは、
封建的な家制度への郷愁さえうかがえる。』
こうした文言こそが「煽る」ということではなかろうか?
寛容さを欠く、という言葉もそうだろう。
『家族のきずなを強めるのは、夫婦間の愛情であり、
相手への思いやりであろう。別姓には、対等なパートナーとして認め合おうという意思があると思う。』
夫婦間の愛情であり、そう、相手への思いやりであろう、家族のきずなを強めるのは。
ただし、お互いで困難を乗り切るという、一体感も、それに付け加えるべきだ。
しかし夫婦別姓に賛成する人たちの意見、、、この朝日新聞社説にしてもそうだが、
そういう意見は聞かれない。
「親に反対されるから、別姓でなければ困る。」
このような後ろ向きの姿勢で、きちんとした結婚生活を送ることができるのだろうか?
子供ができた際に、共同で育てていくことができるのだろうか?
もちろん。
現在の状況を鑑みるに、夫婦が同姓だから大丈夫だ、という問題では無いのは明らかだ。
しかしさらに状況を悪化させる可能性も否定できないということについて、
この社説は触れていない。
まるで夫婦が別姓になれば、すべてうまくいく、とでもいわんばかりである。
『なぜ、それが子どもたちに「好ましくない影響」を与えるのだろうか。』
与える可能性が否定できないのは明らかだ。
例えば。
子供がどちらの姓を名乗るか?
これだけでも大問題になるのではないだろうか?
父親は自分の姓を名乗ってほしい、母親も自分の姓を名乗ってほしい。
子供は悩む、、、そしてグレる。
何故うちの親は姓が別なんだろうか?
隣のイチロークンちは、姓がいっしょなのに、、、なんて(笑)
こういう可能性は、否定できない。
多感な時期に姓を選ばされる子供の身になってみれば、
『なぜ、それが子どもたちに「好ましくない影響」を与えるのだろうか。』
という言葉が出てくることじたい、信じられない。
こういう、、、「寛容」とかいう情緒的な言葉を社説に持ってくるのはいかがなものか?
と、いつもながら思う。
このような情緒的な言葉に論理は必要が無い。
相手を悪魔化するだけである。
『法務省の案は、同姓を強制されることに精神的な苦痛を感じたり、
不利益を受けたりしている人たちを助けようというものだろう。』
はっきりいってだ。
姓が変わるから結婚ができない、、、というのならば、それはそれだけのことだろう。
その程度の「結びつき」しかない、ということだ。
日本は姓についてはわりと寛容な国だと思う。
お隣の「進歩的な国」韓国では、結婚しても儒教の影響で女性が男性の姓を名乗ることができない。
しかし日本は、なんなら女性の姓を名乗ることもできる。
別に通称名を名乗ってもかまわない。
僕の会社では、女性は結婚しても通称名で呼ばれている。
『長男と長女同士の結婚の際に、双方の親が自分の姓を名乗ってほしいと望むこともあり、
結婚の支障になっているという悩みも聞く。』
このようなごく一部の人の利益の為に「伝統」をかえてもよいのだろうか?
何故このような人たちは双方の親を説得する努力をしようとしないのか?
結局は「別姓」で結婚したところで、
このような、、、親を説得できないような夫婦は所詮は離婚する可能性が高いだろう。
『同姓を家族のあり方と結びつけて強調したり、
「家族崩壊」などと、ことさら不安をあおったりする主張からは、
封建的な家制度への郷愁さえうかがえる。』
こうした文言こそが「煽る」ということではなかろうか?
寛容さを欠く、という言葉もそうだろう。
『家族のきずなを強めるのは、夫婦間の愛情であり、
相手への思いやりであろう。別姓には、対等なパートナーとして認め合おうという意思があると思う。』
夫婦間の愛情であり、そう、相手への思いやりであろう、家族のきずなを強めるのは。
ただし、お互いで困難を乗り切るという、一体感も、それに付け加えるべきだ。
しかし夫婦別姓に賛成する人たちの意見、、、この朝日新聞社説にしてもそうだが、
そういう意見は聞かれない。
「親に反対されるから、別姓でなければ困る。」
このような後ろ向きの姿勢で、きちんとした結婚生活を送ることができるのだろうか?
子供ができた際に、共同で育てていくことができるのだろうか?
もちろん。
現在の状況を鑑みるに、夫婦が同姓だから大丈夫だ、という問題では無いのは明らかだ。
しかしさらに状況を悪化させる可能性も否定できないということについて、
この社説は触れていない。
まるで夫婦が別姓になれば、すべてうまくいく、とでもいわんばかりである。
『なぜ、それが子どもたちに「好ましくない影響」を与えるのだろうか。』
与える可能性が否定できないのは明らかだ。
例えば。
子供がどちらの姓を名乗るか?
これだけでも大問題になるのではないだろうか?
父親は自分の姓を名乗ってほしい、母親も自分の姓を名乗ってほしい。
子供は悩む、、、そしてグレる。
何故うちの親は姓が別なんだろうか?
隣のイチロークンちは、姓がいっしょなのに、、、なんて(笑)
こういう可能性は、否定できない。
多感な時期に姓を選ばされる子供の身になってみれば、
『なぜ、それが子どもたちに「好ましくない影響」を与えるのだろうか。』
という言葉が出てくることじたい、信じられない。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.