私の視点のオピニオンについて(靖国)
投稿者: uchuubanabreeze 投稿日時: 2006/08/05 00:06 投稿番号: [22135 / 28311]
アサ日新聞8月3日の「私の視点」の飯田氏の意見についてです。
(たぶんアサ日もこの主張に近いとは思うが)
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しかし野垂れ死にした兵士を「英霊」と呼び、「御威徳を顕彰
する」との靖国神社の社是には見逃す事のできない、戦争美化
の作為と欺瞞がある。
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どうして「飯田氏のいう野垂れ死に」された方を「英霊」と呼び
顕彰してはいけないのか。だれも「戦地で亡くなられた方の死」
を墓前で(靖国は墓では無いが)「野垂れ死に」とは言わぬと思う
し、仏教の戒名でも「たたえる御名」をもって「生前の功徳」に
感謝し、たたえることは「ごく普通で自然の行為」。
「美化」という先入観がありすぎるから、こういう「ごくあたり
まえのこと」にも批判を集中することになる。また多くの参拝者に
とっては「慰霊・感謝」の気持ちが大きいと思えるし、首相も
「哀悼の誠を捧げ」とよく言っていた。
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あれだけの兵士を無意味な死に追いやった戦争発起と戦争指導上
の責任の所在は浮かび上がってこない。「英霊」という語感の中
に見事に雲散霧消してしまっている。
⇒
「英霊」の言葉に執着するからだ。また全てを「指導者の責任」
に押し付けるのは「あらゆるベクトルが戦争に向いていた当時
の状況」を無視していることになる。
「英霊」という概念は神道で当たり前、いや神道でなくても、
世界的に「祖国の戦争中に倒れた兵士」に対して、これも「ごく
一般的」なことだ。(たとえ飯田氏のいう、所謂野垂れ死にであ
ろうともだ)。
悲惨な戦争ということは、そういう場とは違うところで、
「歴史」「エピソード」「語り継ぎ」などで伝えていくことだ。
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こういう「うがった見方」ばかりしてたら「宗教に対しても」
何に対しても「誤解」に誤解を重ねるばかりとなろう。
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