Re: 民族自治は認めても自決は認めないシナ
投稿者: kyurokuhachi 投稿日時: 2005/10/22 23:43 投稿番号: [20346 / 28311]
著者は、中国が民族自決権を否定したことについては殆ど触れず、またチベット民衆の中国軍への抵抗については、全て旧勢力の反乱として取らえている。この時期のチベットの歴史と悲劇については論じないが、引用した「周縁からの中国」には、中国のチベット侵略の実態が中立の立場から極めて克明に述べられており、著者の記述が以下にその実態を過少に描いているかを明らかにしている。そして、あえて極論を言えば、仮に旧チベット伝統社会に欠点があったにしても(同時にそこにはたぐい稀な精神的魅力もあった事は、前号の書評「私のチベット」をお読みいただきたい)そこに中国政府が強引に「自治区」として侵略する資格はないのだという視点はどこにも見られない。一九四五年の第2次世界大戦の終結は、帝国主義の時代を歴史的に過去のものとしたはずだし、何よりも西欧列強、また日本の「侵略」に抗する事を事故の正当化にしていた中国政府が、一九五〇年の北朝鮮による韓国侵略と並び、いち早く世界に新たな侵略行為の歴史を刻みつけたことはどのような視点からも正当化されないはずだ。
民族独立運動は「国際政治」に利用されただけ?
そして、モンゴルの独立運動について著者は次のように指摘する。一九四五年八月、日本の敗戦によって政治的空白区となった内モンゴルで幾つもの独立運動が発生し、将来的に外モンゴル(モンゴル人民共和国)との統一をも視野に含む運動に発展した(東モンゴル人民自治政府)。しかし、彼らが期待を賭けたソ連、外モンゴル政府が中国との妥協から独立運動を支持せず、東モンゴル人民自治政府は解散し、中国の支配下に入ったと述べた上で、次の結論を導く。
「近代国民国家の理論は、事実上民族の独立を煽り、一民族一国家という国家体制に正当性を与えるシステムである。そのため、中国の近代史上で民族が独立して自分の民族国家を建設する動きがあっても不思議なことではなかった。しかしそれと同時に指摘すべきは、その多くの場合、民族独立運動が大国政治の道具にされてきたという事実であった。そして、国民国家の理論を唱えてきた欧米諸国は、事実上いずれも多民族国家のままなのである」(140ページ)
これは メッセージ 20345 (kyurokuhachi さん)への返信です.
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